短編 | ナノ


01

クリスマスの日。俺は天使を見た。

淡い栗色の髪と真っ青な海よりも青い瞳が、絵本の中に出てくる天使の様だった。

俺はクリスマスのケーキを店から受け取って帰る途中で、今思えば小学上がりたての俺を一人で買い物に行かす母を疑う。しかもクリスマスケーキだ。子供が自分で店へ受け取りに行くなど、楽しさ半減のまた半減だろう。

だが、その帰り道にこんな綺麗な天使に会うとは思わなかったため、少なからず行かせてくれた母に感謝する。

俺の数歩先を歩いていた、俺より少し小さい天使は可愛らしい白いファーのついたコートを着ていて、さらに天使の様だった。いや、絶対天使だ。

天使の隣には母親らしい、子供と同じ栗色の髪と青い目の外人の女の人がいる。仲がいいのか笑って手を繋いでいた。

女神と天使だ。

ボーと見惚れながらその後ろを歩いていく。このままいけば、この二人の家に行ってしまいそうなほどで、周りの人たちもこの親子を振り返って見惚れるくらいだから、まぁ、そうなってしまうのも仕方ない。

だが、ふと子供がかぶっていた帽子が、突然吹いた風に持って行かれた。風はすぐに収まったが、帽子が道路に出てしまう。

この場合の子供の行動は1つ。

案の定「あ、…」と子供は道路へ飛び出した。帽子を取りに行くらしい。

ギョッとしたのは俺だけじゃない。

女神の母親が悲鳴を上げた。

周りの人たちも、同様に声を上げ、子供がその悲鳴を聞いて顔を上げた頃、道路を走る車がすぐ目の前にあった。

俺は気づけばケーキを落として駆け出している。なんだこれ。と思うが動いていたモノは仕方ない。抗おうとはしなかった。無意識の行動。

子供が顔を上げ、迫りくる車を認識したのかしてないのか、目を見開いている最中に、俺は子供が着ていた白いコートのファーの付いたフードを掴んで引っ張った。

「ッ!?」

引っ張られた子供は俺より少し低いくらいなのに、何倍も軽かった。ふわりと俺の方へ舞うように倒れてくる。(軽い…あぁ、本当に天使だ…)と思うも、それをガッと捕まえて歩道へ引き戻す。

引き戻された子供の鼻先を車が通り過ぎる。一瞬だったろうが、俺は数時間冒険した気になっていた。

一番最初に、俺が抱いた子供を引き上げたのは、母親の女神だった。

「あぁ!アルベリック!!」

子供はアルベリックと言うらしい。やはり外人だ。日本人の俺には珍しく、何度もその名前が頭の中を駆け巡った。

母親は泣いて子供を抱き、周りの人たちもそれをホッとした気持ちで見て、俺に「ボク、えらかったぞ!」を声をかけてきた。

俺は何も返せなかった。他人事のように冷静な気持ちだったが、実際には酷く驚いていたのだろう。今思えば、一つの命を救ったのだ。すごい行動をした。ドキドキする。

だから放心状態だった。

たぶん、アルベリックも同じ気持ちだったに違いない、ポカンとして母親に抱かれていた。しかし、暫くして自分が陥った危険に思い当たったのだろう、封を切ったように泣き出す。

「ふ、ぅ…うあぁぁんっ!!」

可愛い天使の泣き顔を見ながら、俺は未だに放心状態だ。

俺以外の周りは大騒動になっている。みんな立ち止まって先ほどの行動に拍手したり、携帯で撮ったり。警察さえ来た。

「君が助けたのかい?」

警察は言って俺の肩をポンッと叩く。

「え、あ…たぶん」

「この子が助けてくれたんです!あぁ、ありがとう坊や!あなたは神様がくれた天使だわ!」

上手く状況が飲み込めず、曖昧に返事をしたら、いきなりアルベリックの母親が警察を押しのけて俺を抱きしめる。

「クリスマスの最高のプレゼントよ!アルベリックが生きている!」

感極まって言っている。俺の母なら、自分の子供がこのまま事故にあっても、どんくさい、と笑いそうだが、この女神は本当にアルベリックが無事で心から喜んでいるようだ。

俺は女神に抱きしめられ、隣の腕の中には天使がいたことに、今更ながら驚き、顔が真っ赤になってしまう。

間近にみるアルベリックは大きな目をいっぱいに涙で潤ませて、それを縁取る淡い栗色の睫毛がこれまた可愛らしかった。唇もふっくりとし、鼻も可愛らしい。頬が泣いたせいか寒さのせいか赤く染まっている。

どうしてこんな者の隣に居られるだろうか。もう逃げたかった。これは心臓に悪い!!

「名前を教えてくれるかしら?天使の坊や」

天使はお前の子供だ!!と思ったが、逃げたかった俺は、小さく「古谷信夫(ふるたにしのぶ)…です」と言っただけになってしまう。

「しのぶ君ね…あぁ!本当にありがとう!」

そう言って女神は俺の頬にキスをした。

うああ!!と叫んでしまいたくなる口をどうにか押えていると、もう片方にも同じような感触があって…。

「しのぶくん、ありがとうっ」

見れば、あの天使の子が俺の頬にキスをしていた。

あ、もう駄目だ。撃たれた。

「う…わっ!…っっ!!」

俺は女神の手を振りほどいて逃げた。

途中、落としたケーキを拾う事を忘れなかっただけ、褒めてほしい。いや実際、俺の母は鬼の様に恐いから、ケーキを忘れてきて怒られるのが恐かったのかもしれない。悲しい性だ…。鬼ババァめ。

「え、ま、待って坊や…しのぶ君!!」

後ろから女神の声が聞こえた。警察も何やら、待ちなさい!と言っているが、無理だった。俺は人ごみを掻き分けて逃げた。

(や、柔らかかった…)

あの可愛い天使の唇を思い出し「ぎゃあぁあ!!」と叫んでさらにスピードを上げ、帰路を全力疾走する。


天使が俺の心臓をぶち抜いた。

拳銃を持ってた。絶対に持ってた。

それで俺を撃ったんだ。そうじゃなければ、俺の心臓がこんなに痛いわけがない。ドキドキするわけがない。

心臓が可笑しいくらい。否、これは確実に心臓に弾丸が刺さっている。顔も真っ赤で熱い、熱でもあるようだ。家より病院へ行った方が良かったかもしれない。


そんなことを生真面目に考えながら、家の玄関を開けて、大急ぎで扉を閉め、なんでか鍵までかけた。

「信夫?何やってんのよ、あんた…ああああ!!!!」

「はぁ、はぁ、…え!?」

俺の母親が、鬼になった瞬間だ。

「ケーキ!!グチャグチャじゃない!!!!」

「は、あっ!!!?」

放り投げたケーキの箱は角が曲がり、中を見なくても落としたとわかる。

俺からケーキの箱を奪って開けた、母…いや鬼は、わなわなと震えて。

「この!バカ息子!買い物もできないのかい!!」

「うわあぁあ!!ごめんって、かーちゃん!!こ、これには深いわけがっ」

俺は必死に逃げたが、結局げんこつを喰らったのは、言うまでもない…。


しかし、クリスマスの奇跡にあんなに可愛い天使に会った俺は、瘤ができそうな頭など、気にもせずに、その子を助けた勲章のようなグチャグチャのケーキを口いっぱいほうばった。


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