短編 | ナノ


07

そんな僕に転機が訪れたのは、病室にグラスが現れた日だ。

見たことも無い、美しい細工をされたグラスが布団の奥に埋まっていて、寝よう、布団に入れた僕の足にコツン当たったのだ。

「グラス…」

変わった模様に細工されたグラス。文字のようにも見えるし、なにか動物のようにも見える。

『人魚をグラスで飼ったら、わかる』

思い出した声が一つ。

人魚をこのグラスで飼う、という事なのか。何年も前の彼を思い出し、僕は人魚を考えた。

どうやって見つけようか、捕まえようか、飼おうか。考えたが、この厳重に閉鎖された病院を抜け出すのは困難だろう。

「……これじゃぁ、ダメかな…」

僕は右目の眼帯を取り、爛れたような鱗が生えた辺りをソっと撫でる。定期的に消毒はしているが、痛くもかゆくもないのに消毒なんて変だと少し考え、次にはその鱗の一つを取った。

ピリッ…。

ほんの少し痛みを感じたが、そのままに、グラスに水を入れて、鱗を中にポロッを入れた。

初めは水に反し浮かんでいた鱗が徐々に水を受け入れ、ひらひらと舞うように沈んでいく。

月明かりしかない病室で、不思議な空間が生まれる瞬間だったかもしれない、グラスの底まで沈んだ鱗を眺め、僕はその日、夜更かしをした。


それでも眠気は来るもので、次の日、気が付けば寝ていた僕はベッドサイドに置いてあったグラスの見て驚いた。

零したわけでもないのに、グラスは空になっていたのだ。鱗さえ見当たらない。

グラスだけが、乾いて美しく置いてある。

世界が変わったのはその日からだった。


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『臨時ニュースです。昨年から起こり始めた超常現象、異世界との条約の会議が、たった今終わったようです。現場の――――』

8つの国で成り立っていたこの世界に9つ目の国ができたのだ。それは自然を有する精霊の国。今までそんな漫画のような国を認めていなかった世界は、この事実に驚愕し、精霊の力の大きさに戦いた。

国の大きさは、8つの国より小さい精霊国だが、その戦力は並外れていたし、人の目に見えなくなる事も可能なためか、人間は全く持って無力だった。

一年前、突如現れた異形の生物は、それでもきちんとした意志を持って、言葉も話せる。そのため、今では一つの人種として、成り立っていた。たった一年だが、精霊の誘導による会議や法はスムーズに進んでいき、今では同盟を組み、共に暮らしていこうという動きになっている。

なってはいるが、さぁ、具体的な条約を結ぼうという今日の会議。テレビではその様子をライブで放送していた。

僕は病院のホールでそれを見ていた。僕が今まで見ていたものが、言っていたことが本当だと、証明されたのだ。僕が何かを見たと言っても拘束されなくなったのは、彼らのおかげであり、僕はほんの少し”たぶん”幸せになった。

まだ爛れた醜い部分がある限り、この病院からは出してはもらえないと思うが。それでもあの白い拘束着を着ないで済むのは良い事だ。

『条例は決裂しました!!もう一度繰り返します!決裂しました!!』

興奮気味にアナウンサーは言って、それから決裂した理由を述べた。

『精霊王は条約を結ぶ変わりに人魚を用意しろとのことです!』

人魚が欲しいと。

僕は人魚と言う言葉に、喉をゴクリと鳴らした。僕に人魚を飼うように言ったのは、あの精霊の男だ。

そして僕は一年前にグラスに入れた、僕の鱗を。人魚ではないが、僕のを入れた。

そのことを知っているのは僕以外いないのだが……。


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