短編 | ナノ


04

その吸い込まれそうな金の瞳を見ながら僕は尋ねた。

「精霊って?」

『俺みたいな…そうだな、お前がイキモノと呼んでいたモノだ』

あの鳥のような猫も、兎のような亀も、その前に見た幾多の、普通の人には見えないイキモノは精霊と言うらしい。

彼らは、ある国の自然の中から生まれた生き物だそうだ。ある国とはこことは次元が違う世界にあるのだとか。

「本当に?」

『本当だ』

「でも、僕にしか見えてない」

僕の中の妄想だったら。また僕は奇妙な目で周りから見られるのだ。慣れてはいるが。

『そのうち、みんなにも見えるようになる』

「どういうこと?」

『そのうちわかる』

そのうちそのうち、とはぐらかす彼を見たまま、首を傾げて考えたが、まったくわからなかった。

「…う〜ん?」

そんな僕を見て、彼はどこか嬉しそうに笑うと、いきなりギュッと抱きしめてきた。

「…え、…な、なに?」

驚いて声を出したが、彼は僕を離すことはなく、さらにギュッギュッと抱きしめる。

『可愛い』

「え?、何?何か言った?」

僕は驚きすぎて、最初の彼の言葉を聞き洩らし、再度尋ねるも、彼はごまかす様に笑い『何でもない』と言う。

『人魚をグラスで…』

「?」

『人魚をグラスで飼ったら、わかる』

どういう、こと?と声を出す前に、男はフッと消えた。

僕を抱きしめていた腕も無くなり、圧迫感もまるで最初からなかったように、消える。

「……なんだったんだ…?」

彼はいったいなんだったのだろうか。精霊と言っていたし、もうすぐみんなにも見えるようになると言った。そうしたら、この世界はどうなってしまうのだろう。僕が今まで言ってきた言葉をみんな信じてくれるのだろうか、お母さんやお父さんは僕をみてくれるのだろうか。

考えて”たぶん”切なくなり、先ほど、苦しいくらいに抱きしめてくれた体温を思い出す。

とてもスッとした熱すぎず、冷たすぎずの体温と、鼻を通った彼の匂い。原っぱの匂いのような太陽の匂いのような、とてもさわやかで優しい匂い。僕みたいな汚れた服や、爛れた目なんかより、本当に美しく清らかな感じがした。

そんな彼が僕を抱きしめた意味が解らなかった。僕をかわいそうな子だと抱きしめたのだろうか。それとも純粋に抱きしめたかったのか。考えたが、彼にはやはり謎が多く、僕は古ぼけたソファのようなものに再び腰を掛ける。

埃臭いし、どこか汗臭い。きっと僕もこんな臭いがするのだろう。衣類なんて片手で足りるほどしか持ってないし、洗濯なんかも近くの公園で、人がいない時、自分で洗う程度だ。

精霊の彼が羨ましかった。僕もあんな顔になりたかった。いや、あんな完璧な美貌じゃなくてもいい、普通の顔でもいいのだ、それがあったなら、僕はお父さんに叩かれたり、お母さんに忘れられたりしなかっただろう。

「どこの子かしら」と言ったお母さんの声が頭の中で回る。

なら、なぜ僕を産んだのか、忘れるのに産んだ理由は僕にはわからなかったが、お母さんが僕を産まなければよかったと思っていることは、十分に理解できた。


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