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注意:男の妊娠表現がありますのでお気を付けください。


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【二度目の後宮】


とある国が滅びた。

アラトレア大陸を二分するほどの戦争だった。
長く長く続いたその戦争には、ミチュニエーテ戦争と名がついた。

ミチュリア国は領地を広めるために近隣の村々を焼き、小国をつぶして回り、ついには制御しきれぬほどの恨みをかっていた。
属国にした国には厳しい圧政を敷いたのにも原因があるだろう。
国民の積もりに積もった恐怖と苦悩、不審に不満。
自国の民からもその念が生まれていたのだから、下した国の国民などはさらに劣悪な環境下で積年の恨みはついえぬことはなかっただろう。

税は重くなる一方で、少しの罪で死刑になる。見せしめも度が過ぎれば反旗の口火と代わる。
ミチュリアは半ば内側から崩れたといってもいいくらいだった。
そして、そこに同じアラトレア大陸で二番目に大きな国ヴァルドラ国が手を貸した。

しかし、もともと武器の生産を主に大国までのし上がったミチュリアだ。内紛があったとしても、二番目に大きな国が仕掛けたとしても、決着はつかず、それはそれは長い戦争になった。

それでも結果は火を見るより明らかだろう。いつの時代も最後に悪は負けるのだ。
ミチュリアは敗戦国となり、内紛と戦争にやけた国内はもはや国として機能せず、結果滅びたという始末になったのだ。
独裁国家でもあったものだから、王を含めその血族、家臣まで死刑の対象になった。

城勤めの者も厳しく選別され、ミチュリアの政治思考に染まっていた者は容赦なく死刑の対象になったほどだ。とはいっても、敗戦間近という時には使用人でさえ武装させられ戦場に出されていたのだから、ミチュリアの城はほぼ無人状態であったという。

その城で唯一、人がいたところといえば後宮である。
世界征服をもくろんだミチュリア王はやはり強欲であろう。その性欲たるものもまた尽きぬほどの男であった。
後宮には実に30人もの美しい男女が囲われていた。

この世は男女の差別がなくなって久しい。
原因は出生率の低さである。女は子供を産むことができなくなり、少なくも生まれてきた子は稀に男でも子供を生める体を持っていた。よって男女の差がなくなったのだ。
女が国の王になるのも今ではよくある話である。500年前にこの世界で最も大きな山が噴火し、その灰が世界にばらまかれたことが原因だとされるが真意は定かではない。各国の学者がいまだに研究中なのである。
だからミチュリアの後宮には男もいる。子を産める男は少ないが、その希少価値故後宮に迎え入れるのも今では普通の事だった。

ちょうどこの後宮には男が3人、あとは女で、皆下した村や国から強引に連れてきた者たちばかりである。中には圧倒的な力を持っていた王に魅入られ酔狂している者もいたが、半分以上の者はこの国が滅びたことに胸をなでおろしたことだろう。

後宮は死刑の対象になったもの以外は故郷に帰るよう、勝戦国であるヴァルドラ国は手配した。

勝ったとはいえ事後処理が山積みのヴァルドラ国が、後宮を解散し、妃達の帰郷への手伝いを後に回したのは言わずもがな。
既に故郷がないという者も多くいたので、その者には適当に職を与える必要があった。

その手配まですると言ったのだからヴァルドラ国の王は大層器の大きな人なのだと知れた。そこの事もあって長年暴君に支配されていた民は再度胸をなでおろしたのだった。
終戦から丸2年。ミチュリアがあった地域を含め戦場になった場所の復興はまだ多く残っているが、戦争もなく平和な毎日が流れた。そして、そのほかの事後処理を終えたヴァルドラ国は、ようやく解散となった後宮の手配にかかったのである。

「後宮の者たちはどうなった?」

ヴァルドラ国の冢宰”ティーラ”はこの問題を一任していた中官長(ちゅうかんちょう:主に国民の管理をする役職)のリクシミリアに尋ねた。後宮の人たちは一時ヴァルドラの民となっているので、中官が担当しているのだ。

「故郷が無事な方は既に出国し、帰郷を確認しております。故郷がない者は城下で働くよう手配しております」

「既にない国とは言え、もとは王族の子らだ。本当に働けるのか…」

「多くは国というより村の出らしく、働くということを苦に思う方は少ないように見受けられました。またあの腐った王の後宮で助け合って生きていた者たちですから。国がない者を友として自国に連れて帰るという姫も何人かおり、ともに連れ立って出国した者も多くおります。もっとも、あのくそったれな愚王の下にいるよりは働いた方がよっぽど幸せだと口をそろえていると思いますよ」

官長だというのにこの男はなかなか辛辣だ。
ティーラはふんと鼻を鳴らして答えた。

「順調そうで何よりだ」

「はい。例の一人を除いてはあと3日ほどで後宮の方たちの処遇は完了するかと」

「…ああ、そういえば」

例の一人と言われて、思い出したようにティーラは目を瞬かせた。
事後処理に2年もかかったのだ。まして後宮の事はほとんどこのリクシミリアに任せてしまっていた。忘れてしまうのも無理はない。

「たしか…、リナ癒院(りょういん:怪我や病気を治す院)に預けたままだったか…今もそこに?」

「いいえ、今は街はずれのワン癒院に移っておりますが、つつがなくお過ごしだと聞いております」

「そうだったか…。まぁちょうどいい、後ほど王のところに行く予定だ。その者の処遇は王に聞かねばならないだろう」

「よろしくお願いいたします、こちらがあの方の記録にございます」

例の一人の尋問やこまごました手続きの書類を受け取り、1つ頷いてリクシミリアが出て行ってからティーラも机の書類を少しだけ片し、冢宰室を出た。


王の執務室では早速例の一人について話し合いがされていた。
王もまた忙しい身である。
勝戦国の王であるので敗戦国の土地までも手に入れ、このアラトレア大陸では間違いなく一番大きな国となったのだから。
机に詰まれ、又は散乱している書類にため息をつきながら、冢宰ティーラが持ってきた話に応える。

「自国に帰す」

「良いのですか?ミチュリア王の子を孕んでいた男ですよ?」

「子供は死産だったはずだ」

「覚えてらっしゃたんですね…」

後宮の事は冢宰と中官の者で処理していたので、王はこまごましたことは知らないと思っていた。仮にミチュリアの子が無事に生まれてきても血族である限り死刑は免れないのだけれど。

「報告してきたのはお前だ」

「書類で渡したので、もう覚えていないかと」

「およそこの王(わたし)に言うセリフではないな…。覚えている。後宮に逃げたミチュリア王を追って、彼を最初に見つけたのは私だ」

往生際の悪い件のミチュリア王は、情けなくも逃げ回り、最後には後宮の一番奥の建物で例の男を盾にしたのだ。男の腹はゆったりとした服の上からでもわかるほど大きく膨れていた。

一目で身籠っているとわかった。

得物さえ持たずに盾だけを得たその愚王を男から引きはがし、首を落としたのは、まぎれもなくティーラの目の前にいるヴァルドラ王だ。

「そうでしたね、お気になっておいで?」

「この書類の山の中でも忘れなかったくらいにはな。今はどこにいる?」

「ワン癒院におります」

「体も、心の傷も癒えたころ合いだろう。自国に帰してやりたい」

あの後宮で、唯一身籠っていたあの男の体にあったのは沢山の暴力の痕、そして死産したとはいえ子を取り出すのに腹を裂かねばならなかった。体も、心も傷ついていたに違いない…。

後宮にいた皆が暴君の所業に傷を負っていたが、最後の最後に大きな傷を負ったのはあの男だろう。
術後の経過を待ってからと処遇を先延ばしにしてしまっていた彼への甘さを自覚し、王は苦笑した。

「尋問の結果は?」

とはいえ、この有能な家臣たちは先延ばしをせずに尋問や手続きを終えているだろうが…。

「問題なしだと思われます、おそらく…」

なんとも頼りない返事に、珍しいと思いながら王は顔をあげた。

「おそらく、とは何だ?」

少し言いよどんでから、ティーラは説明した。

「彼はもう、何もわからなくなってしまっているようです」

「…それはどういう?」

「ミチュリアの王が指示したのでしょう。彼の首の後ろに小さな手術痕がありました。医者によるとその手術で脳を傷つけられており…、彼の知能は幼児と変わらないほどに低下しているそうです」

「………そうか」

王はあまりの事に言葉をなくし、机の上に肘を立て、組んだ手に顔を伏せた。

初めてミチュリアの王に盾にされていたとき、暗がりでよく見えなかったが、どこかぼんやりとした顔をしていたのを思い出した。

状況が呑み込めずにそうしているのかと思ったが…。

「治すことはできないのか?」

ティーラは静かに首を振った。

少し考えて王は席を立つ。ティーラはその後ろを静かについていった。


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王が向かったのはワン療院だった。

急な訪問でワン療院も護衛の編成もてんやわんやだったがティーラが的確に指示し半分お忍のように城を出てきたのだ。

ワン療院では多少院長と話した後、すぐに本題の男の主治医を紹介された。

二階建てのこじんまりとした療院は街から幾分か離れており、裏手はほぼ草原と言っていいほど背の低い緑が広がっている。窓際を歩きその景色を見ながら案内されるまま王とティーラは歩いた。後ろに二人の騎士をつけて。

「陛下がいらしてくださって、ルディガー様も大変お喜びになると思います」

主治医はまだ若い男で、さわやかな日差しのような笑顔で王を庭に案内した。

「この時間はよく庭で子供たちと遊んでおられます」

そう説明をされると、子を死産してしまった事が頭をよぎり、俄かに男を哀れに思った。

庭と言っても短い芝生と背の低い木がそれを囲っているだけの場所である。一角には色とりどりの花が咲いていて、細々としつつもよく手入れがされているのが分かった。

その花が咲いている中央に子供たちと、こちらに背を向けている大人がいた。
明らかに大人でありながら子供と同じようにぺたりと地面に座って何やら手を動かしている。
主治医の青年に目を向けると、うなずく様に説明された。

「ルディガー・エルモルド王子です」

エルモルド国の第四王子。王は彼の報告書を思い出した。

エルモルド国はここより北にある極寒の小国だ。ミチュリア国に侵略され、抵抗むなしく降伏し属国となっていた。そのため人質として後宮に王子を送ったという。それに子を作れる男というのは珍しい。ミチュリア王も大層気に入られたのだろう。子を孕んでいたことが何よりの証拠だ。

そんなルディガーも帰国させる手筈は済んでいる。つい先日エルモルド国から使者を遣わすという文が届いたところであった。
ミチュリアの後宮の妃では最後の帰郷となる。
彼の帰国をもってヴァルドラ国の事後処理が終了する。

「ルディガー王子、陛下がお越しくださいましたよ」

主治医の青年は彼の近くまで行き、そっと丸くなった背を撫でた。
ルディガーは一瞬びくりと肩を跳ねさせたが、促されるように振り返って王を見る。

妃にふさわしい長い髪は短く切られ、あの時よりすっきりした首筋と輪郭。薄めの唇と、程よい形の鼻。目元の彫は深く少し吊り上がった目は雄々しかった。
あの暗がりでは頼りなく見えたが、日の光に当たった顔は美丈夫そのもので、美しさの中にやはり男という性が色濃く残っている。

何より驚いたのは彼の透き通るほど白い肌だ。北の生まれの者は白い肌をしているというが、真珠のような滑らかな肌。日に照らされ少々赤くなった頬の色づきは男でありながら彼を可愛らしいと印象づけた。

「ルディガー王子、お久しぶりです。お体の具合はよろしいかな?」

王は今だ座ったまま、きょとんとこちらを見る瞳に呼びかけた。

「…へいか?」

ヴァルドラ国に保護されて二年。
少し痩せ気味だった体も元に戻り、美しいが男を主張する外見でありながら、あまりに無邪気な瞳。

何もわからぬ子供さながらに、ルディガーは首を傾げた。

その隣に主治医が膝をつき、優しく答える。

「ヴァルドラ陛下です。王子を助けてくださったお方ですよ」

それでもルディガーは理解できなかったらしい。まるで関心がないように無言で適当に頷き、再び顔を下げて小さな黄色い花をいじりだした。

子供たちは陛下と聞き、平伏している。まだ物事が分からぬほど小さい子も年長の者に促され見よう見まねで額づいている。その中でルディガーだけが本当にものを理解していないようだった。

主治医は静かながら王を前に彼も額づかせようと姿勢を正させたが、王はそれを止めた。

見ての通り、とても成人している大人の態度ではないことがわかる。ティーラが言ったようにもはや彼は自分を顧みれるほどの知能がなのだろうと理解できた。

無理にさせることはない。
王はただの好奇心で、あの戦で見た腹の膨れた男が時折頭をかすめるので最後に見舞いがてら見に来ただけだった。

「よい、そのままで」

主治医は、では、と頷いて下がると、子供たちを他の医者に任し下がらせた。
庭にはルディガーと主治医と王、ティーラ、二人の護衛のみになる。

それでもルディガーは下を向いたままだった。

「何をしているのか聞いてもいいかな?」

王は腰をかがめてルディガーに話しかけた。ルディガーは一瞬肩を跳ねさせてから、静かに振り向き、また下を見てつぶやくように言った。

たどたどしい、哀れなほど幼い言葉遣いだった。

「はな」

「花が好きなのか?」

「きれいね」

「ん?…あぁ、きれいな黄色い花だな」

指で撫でるようにいじっている黄色い花に目をやり、王は同意して見せた。するとルディガーは今まで全く動かなかった表情に初めて笑みを乗せ「うん」と頷いた。

たったそれだけのことだった。

たったそれだけの会話と、笑みと言ってもかすかなもので、隣で王がよく見ていなければわからないほどであったのに。

「……綺麗だ…」

王は思わず重ねて同じ言葉をつぶやいていた。

陽だまりのような笑顔が王の心を鷲掴みにした瞬間だった。

ただ見舞いに来ただけなのに、それは転落するほどの衝撃で。

「ルディガー王子よ。花が好きなら、わが城へ来ないか?」

王は思わず彼を誘ってしまった。

美しい花が咲き乱れているのに、誰一人として住まわせていない、自国の後宮の庭へと。






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