瑠璃色のグラスを電灯に透かして遊んでいるところに、ジェラートが帰ってきた。んー、と声を上げて伸びをしてから、視線を私に向ける。ジェラートは笑った。
「またそのグラス?」
「綺麗じゃない。おかえりジェラート。書類仕事だったの?」
「ただいま。そうそう」
 ソルベはまだやってるよ、とつまらなそうに言って、ジェラートはため息をつく。私は手の中でグラスの滑らかな表面をなぞってから、それをテーブルに置いて立ち上がった。
「カッフェ飲むよね」
「飲む。一緒に飲もう、もうすぐソルベも来るはずだからさ」
 私は三つ、カップを棚から取り出した。うっすらとコーヒーの染みがついたカップたちはなんだか年季を感じさせる。ここで私が働き始める前からあったものだ。ジェラートが白のカップ、ソルベが黒のカップ。私のものはまだ新しく、少しだけ綺麗だった。
 ジェラートは、いや、みんなは、何をしているか教えてくれない。ここでハウスキーパーとして雇われるときの条件にも「詮索しないこと」が含まれていた。そんな人たちと日中過ごしているというのだから私の精神力も相当だと思う。と言ったらこの間珍しくジェラート以外へ向けてソルベが笑っていた。何がおかしかったのかさっぱりわからなかったが、ジェラートも吹き出していた。何だったのだろうか。
 丁度湯が沸いたとき、再びドアが開いてソルベが入ってきた。
 開口一番俺の分は、と聞いてきたソルベにおかえりを言ってから、三つ分のカップを見せた。ソルベが満足そうだったので、なんだかおかしくなってくすくす笑う。
「ん?」
「なんかソルベが満足そうだったから」
「何だそれは……」
 呆れた顔をしたソルベを横目に、私はカッフェにお湯を注いだ。香ばしくていい香りが広がるこの瞬間が好きで、私はカッフェを淹れたがる。それを分かっていて、ジェラートもソルベも書類仕事が終わると私のところに来る。二人とも砂糖はたくさん。ソルベの方がちょっと多い。最後に溶け残った砂糖をビスケットにつけて食べるのが大好き。
 そういうことを知っているから、私は彼らの仕事については知らなくても満足している。きっと危ない仕事なのだろうけれど、そんなの大したことではない。私はみんなが好きだから、問題ではない。
 カッフェを注いだカップをトレイに乗せて、リビングのテーブルへと運んでいく。シンプルな木製のテーブルは、誰かが喧嘩して(主に心配されているのはギアッチョとメローネの喧嘩だが)粉砕されても問題ないようにと選ばれた安物だが、頑丈には出来ている。
 私は隣同士に座ったソルベとジェラートの向かいに座る。それぞれに配られたカップがことりと音を立てた。
「はい、どうぞ」
「グラッツェ」
「グラッツェ」
 声を揃えて礼を言った二人は、顔を見合わせて笑った。ソルベは微かに、ジェラートはにっこりと。対照的だが、本当に仲が良い。私にはそんなに仲が良い友人はいないから、羨ましい限りだ。……友人で良いんだよね、と疑問が一瞬頭の隅を過ぎって行ったが、何もなかったことにしよう。
「ナマエがお気に入りのそのグラスだけど」
 ジェラートは瑠璃色のグラスを指さした。妙に瞳が輝いている。
「プロシュートが土産に買ってきたやつだっけ?」
「そう。出張から帰ってきたとき急にくれたんだよね。ああ、私がガラスが好きだって最初に気付いたのはリゾットだけど。あの人観察眼すごいよ本当」
「良いねぇ。青春だねぇ」
 しみじみと言うジェラートに、私は苦笑した。甘酸っぱくもなければ、色気のある話でもない。どちらかというと、暖かで無味であるような、白湯のようなものだろう。――理想論の家族を扱うような。
 青春っていう歳でもないでしょう、と、私はわざと外したことを答えた。
「んー。そうか。ま、そうだなァ」
「ハウスキーパーにしては随分良い待遇をしてもらってるとは思うけど、それはみんなそうだよ。みんなに良くしてもらってる」
「俺にも?」
「そう、ジェラートとソルベにも」
「俺はほとんど何もしていないと思うが」
 ぼそりとソルベが言った。
「してるよ。こうしてカッフェ飲みに来てくれたりするでしょう」
「飲みたいだけだ」
「一緒に飲むって結構大事だと思うぜ、俺」
 ジェラートがそう言って、角砂糖をカッフェに投入した。スプーンでくるくるかき混ぜながら、私を見てにっこりと笑う。私も二人に笑い返して、自分のカッフェに角砂糖を入れた。私が買ってきた星形の角砂糖はギアッチョやプロシュートには不評だったが、目の前の二人やペッシは可愛い、と喜んでくれたものだから、調子に乗って彼らと一緒にカッフェを飲むときはこれを出す。私は勿論、お気に入りだ。
「俺、ナマエには幸せになってもらいてェな。なあソルベ」
「ああ」
「何急に」
 ジェラートが急にそんなことを言いだしたものだから、なんだか気恥ずかしくなって目を逸らす。手持ちぶさたにカッフェをくるくるかき混ぜた。
「いや、何となく思っただけ」
「……いい男を紹介出来たらいいのだが」
「うーんろくな奴が浮かばないな」
「私、今充分幸せだけど」
「幸せ?」
「……だってみんなのこと好きだし」
 きょとんとする二人から目を逸らして、またカッフェをかき混ぜる。あんまりかき混ぜすぎて中身がこぼれそうになった。直接言うのはなんだか恥ずかしい。いやしかし、恋愛ではなく友愛なのだから問題ない。恥ずかしくない。と葛藤していると、がたんと二人が立ち上がった。
「えい」
「…………」
 何事かと見上げた私の頭を、二人の手が撫でた。撫でた、というか、かき混ぜた。髪の毛がぐしゃぐしゃになる。うわあ、と悲鳴に近い声を上げたが、二人は気にせずに上機嫌だ。
「何だよもーかわいいなーおまえ」
「娘は誰にもやらんという気持ちを理解した」
「何言ってんの?いやソルベは本当に何言ってんの?」
 ようやく満足したのか手を離した二人は満足そうにまた椅子に座った。私はと言えば、鏡(イルーゾォが設置したものがたくさんある)を見ながら髪の毛をなんとか回復させた。
「髪の毛ぐしゃぐしゃになったじゃない」
「だって可愛かったから」
「ホルマジオの猫じゃないんだよ」
 私はむくれてみせる。照れ隠しだ。ごめんごめん、と謝るジェラートも、その隣でほんのりと笑っているソルベも、そのことは分かっているのだろう。
 ちょっと恥ずかしいけれど、悪くない。私は熱いカッフェを一口飲んで笑う。
 テーブルの隅に置かれた瑠璃色のグラスが、心なしかいつもよりも綺麗に見えた。
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