述懐するもせぬも同じ。時を毟り取るその手は非道なまでに残酷だ。

 窓を打つ雨粒は強く、窓枠を震わせ音を立てる程に風もまた強かった。雨の河が流るる硝子窓などには目もくれず、いや、やる視線がなくナマエは静かに細い吐息を押し出した。彼女の視線は彼女自身の目元を覆った手の内にある。ソルベ、その手の持ち主である彼は何を言うでもなく彼女を膝上に抱き、その視界を閉ざしていた。彼女の背中に響く彼の心音。天候とは裏腹な穏やかなもの。
 ナマエを膝上に抱くソルベの背へと背中を預けるジェラートは徐に上げた顔で思い付くままに唇を開いた。
「あの日も、こんな悪天候だったよね」
 きっとソルベの手の下で、彼女の眉はぴくりと動いていたはずだ。ナマエが重力に従うままにシーツへと下ろしていた手へと己の手を重ねたジェラートは背中はソルベへと預けたままで目を細める。彼の遠くを見るような視線は過去へと思いを馳せていた。
「あの時のお前の言葉、それに表情。今でも印象深い」
「それ、オレは見てないんだけどね」
 少しばかり呼吸の乱れたナマエの項へと唇を寄せたソルベがその場でそのままに言って思い浮かべた今より幼い彼女の姿。ソルベは呟くように過去の事柄をその唇から彼女の首元へと伝い落としていく。
「胸糞悪ぃ任務の一つだった。身の程を弁えねぇ娼館をまるまる一つってのは。……分別も付いてないような餓鬼までいた」
 悪天候は極まり、遠くに稲妻の光が走る。閃光に浮いた三人の姿。各々が心内に浮かべるのはいったいなんだというのか。
「お前の、両親を殺した日」
 建物が僅かに揺れるような感覚。どうやら雷は近場に落ちたらしい。唸るようなその音に肩を跳ね上げたナマエはソルベの手の下でその瞳を涙で濡らした。まだ彼女の涙は粒となってその頬を滑り落ちぬ。
「終えたつもりが数が足りねぇと俺が手を掛けた家具にお前は隠れてたんだったな」
「……必死に身を縮めてたわ。中に潜んでも、細い、光の線が私の体にかかってたの。……恐かったわ、喉は引き攣って悲鳴の一つも出さなかったけれど……」
 思い出そうとせずとも浮かぶ過去が喉元を緩やかに、されど確かに絞めていく。ナマエの呼吸音の変化にジェラートが重ねた手の指で彼女の手の甲を撫でる。彼女の手は酷く冷たい。それでも、宿る体温は彼女が現在此処に生きていることを確かに訴えている。
「ナマエ、俺らがしたことはお前にとっては間違いだったか……?」
「……メローネに聞かれたわ、死についてどう思うかって。私、救い或いは報いだって答えたわ。そして此処に在るものが救いであることも」
 一際大きな雷鳴が鳴り響いた。ぴりぴりと肌が粟立つ。ナマエは静かに零すようにその言葉も漏らした。
「だから、私は報いを受けるの。死は救いと報い、両方であったのよ、……きっと」
 覆い隠されたその下で瞼を閉ざした彼女に追いやられて涙はその頬へと滑る。塞いだ視界に鮮明となった聴覚は風雨の激しさをより一層感じた。それでも、部屋で息衝く三人分の存在が掻き消されることは無い。そこに在るものが変わった訳ではないというのに胸を掴まれたような息苦しさ。ナマエの愁いを含んだ微笑は物悲しさを強めるばかりで。
「ナマエ、」
「謝らないで、ジェラート。……それに、選択を誤らないで」
 太陽も、青く晴れ渡った空も未だ見えず。



 彼等の言葉に深い黒の双眸の視線を上げたのはその二人が身を置くチームのリーダーであるリゾット・ネエロ、その人だ。彼は眉根を寄せて自身へ視線を寄越すソルベとジェラートへと同じように視線を返しながら、ソルベが言ったことを復唱して確かなのかと確認した。それに小さな頷きを見せたのはジェラートで、静かな空間、リゾットは自身の言葉がしかと彼らに届くように薄く開いた唇で言った。
「下手なことは考えるな」
 リゾットの視線は鋭い。されどギラつく視線でそれへと返すジェラートが吊り上げた唇、しかし何時もとは違うその笑みを以て言う。
「復讐するは我にあり」
 聖書の一節にある言葉。この文中にある"我"とは神のことであり、復讐はするな。復讐をするのは神に任せておけという意味である。その言葉一つを残して部屋を出て行った二人の既に無い背中を見るままにリゾットは椅子に座るそれをより深いものにした。彼の言った言葉、彼の返した言葉。復讐するは我にあり。ソルベもジェラートも、神だなんてもの欠片も信仰していない。彼等にとって宗教など、唾棄する存在。ナマエ、彼女もまた信仰するものを持っていない。だが箱を作ったその存在を神だと言えるなら彼女にとっての神は、彼等の言った我とは。リゾットの押し出した吐息は重い。
 それは皮肉なぐらい快晴の日、ソルベとジェラートが消息を絶つ数日前のやりとりであった。

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