事に依ると、それは嘘を吐かれるよりも話を煩わしいものに変えるかもしれない。

 彼、ペッシが此処暗殺チームへと加入してから早一ヶ月。されど彼は知らなかった。アジトに身を置く人数が彼の認識とは違うことを。九人、彼は己も含めて九人であると思っていた。一月の間、教育係のプロシュートに付いてアジトを空ける日数も少なくは無かったがそれでもペッシがアジトで過ごした時間が無いわけでなく、確かに彼の視界に入ったことがある人物は八人、それで全てであった。勿論、彼が加入してから或いはその前より長期の任務に就き不在を決め込んでいた者はいない。確かに存在していて、只単に誰一人としてその名前を口にしなかっただけ。別にアジト内にて禁句になっていたわけでもないが偶々発せられなかった、彼女の名前。
 だからペッシは、二月目に入ってから直ぐに顔を合わることになった彼女に酷く驚いて見せたのだ。ナマエ、その初となる対面時には知り得なかった彼女の名前。色素の薄い髪色や肌色が彼女自身が纏う空気をより冷たいものにし、青白い顔色の為に唇の赤がより一層に目を引いた。彼女はその赤い唇を薄く開いて呟くように、小さく言葉を漏らして問い掛けた。いや、それは疑問を投げ掛けたものではなく単なる確認のように彼の鼓膜には響いた。
「貴方が新入りね」
 自身の鼓膜を震わせたその言葉に喉へと詰まった空気と共に返事をしようとしたペッシ。彼のそれを遮るように、またその場に在る重たく冷たい空気を払うような声色を聞かせたのは、ナマエの肩を抱くようにして彼女の横に立っていたジェラートだ。ペッシはからきし駄目だというわけでもなかったが、頗る勘が冴えるというわけでもなかった。己の名を彼女の耳元へと寄せた唇で囁き教えてやるその様子と、元よりだが其処に在ったナマエの吊り上がっている目尻、眉根に在る溝。息の詰まる空気は横っ面を叩かれたというのに依然として其処にある。いや寧ろ、その重苦しさを増したような。ペッシがその場から逃げるように立ち去るのも無理もない。自身の見せた背中に向けられているであろう視線。彼は背筋を這う嫌なものを感じながら早く、早くと遁走した。
「ぁア? 何だナマエの事を知らなかったのか?」
 数日後、ペッシは自身が目撃した女についてを兄貴分のプロシュートへと問うていた。そこでペッシは初めて彼女の名前がナマエであること、自身が加入する前から彼女が此処へと身を置いていたこと、またその後一ヶ月間もずっとアジト内にいたことを知る。気付かなかった、その存在を視界に入れたことがあっただろうか。無い、気がするがまさかそんなと自信もない。ペッシの様子に目を向けたプロシュートは唇で挟んだ煙草へと火を灯しつつに言った。
「あいつは大方部屋にいる。今の今まで会わねえのも有り得ンだよ」
 吸って、吐いた煙へと視線をくれてやることないプロシュートの言葉にペッシは図体が大きいばかりで身を隠すようにその身体を縮こませた。彼は脳裏に先日の空気の冷たさを思い出してはぶるりと身震いするのだ。プロシュートは丸まった彼の背筋をただ叱咤した。
 数日経っての二月目内、ペッシがナマエの姿を目にしたのは全く僅かの三日だ。それも時間にすれば五分いかないだろう。目にしたのはリビング、キッチン、そして廊下だ。以後、ペッシは三つの疑問を覚えることとなる。一つ目、ナマエはアジト外へは一歩足りとも足を踏み出していないのではないか。彼の漏らした疑問に答えたのはメローネだった。暇そうに突いた頬杖で自身のスタンド、ベイビィ・フェイス本体の画面を覗き込んでいたままに言ってやった。
「期間が彼女の一生の内だってならそんなわけないだろって笑って否定する。だがな、確かにナマエはお前が此処に来て以後は出てないな」
 ペッシは難しい顔をして二つ目の疑問を零した。任務がどうなっているのか、だ。これもまたメローネは答えをくれてやった。
「ナマエのスタンド能力の仕様上、外に出ることが出来ないといった事実は仕事に手を出すのに支障無い」
 答えを俯いたままに息と呑み込んだペッシにメローネは興味尽きたとばかりにエンタキーを弾き上げてからソファより腰を上げた。その足がキッチンへと向かうのはきっと喉でも潤す為だろう。
 カラカラの喉とぐるぐると回る思考回路の中でペッシは三つ目の疑問を口にしなかった。メローネの言葉、"外に出ることが出来ない"というものと自身がその目に映してきた事柄。最初の対面を含めて四回。その僅かでいて全てが彼女独りではなかった事。――ナマエの側には必ずソルベかジェラート、或いは二人揃っての姿がある。ペッシは音として発せぬままに形作った。彼女、ナマエは、ソルベとジェラートに軟禁されているのではないか。
 ぽたりと、ペッシのこめかみから垂れ落ちた汗が膝上で握りこまれている彼自身の拳の上に弾けた。思い出すのは四度の間の彼等の空気。彼等に愛される一方で冷淡な彼女の様子。向けられるそれに同等のものを返す事無く、寧ろ二人のことを嫌うような、憎悪や殺意さえ抱いているのだろうと思える、様子。疑問は、彼の喉を締め付けて呼吸を困難にさせた。それでも、ペッシがその疑問を口にすることはない。只の事実、彼がその疑問を音として口に出すことは無いのだ。キレている男達だと教えられている二人にそのような言葉を吐けるわけがなかった。

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