ぱちくり瞬きをして数秒の呆然後、辺りを警戒したリゾットはまさしく暗殺者の鑑だろう。それに引き換えメローネは唇を吊り上げるばかりで、警戒心の欠片も無い。
 二人の鼓膜を震わせる波の音。そよ風と共に運ばれる潮風は塩辛く肺を満たし、舌の上まで広がるようだ。二人はタイミングは違えど、踏み締める足の下の砂の感覚に視線をやって、顔を上げた。そうして確かに其処に存在する海を視界全体で確認したのだ。
 橙色の空を一度仰いたリゾットは、メローネへと説明を促す視線を流す。メローネは潮風を一息肺に吸い込み、溜息の様に静かにゆっくりと吐き出した。僅かに身動く彼に、砂の粒子同士が擦り合わさり音を立てるが、鳴り止むことない潮騒がそれを呑み込んだ。
「リーダー、俺はあんたに言わなくちゃいけないことがあるんだ。それと、本当は墓まで持っていくつもりだった秘密を、さ。――俺に墓穴が用意されているかなんて、知らないけどさ」
 肩を竦めて見せたメローネは、己の足元へと視線向けて数秒の間を置き、片方の口角を吊り上げて言った。
「俺のベイビィさ、人型を取ることも出来るんだぜ?」
「つまり――」
「そうさ、死体を偽装出来る。……あんたならもう気付いただろうけど、それだけじゃあ駄目だってのも、分かってるんだろうな」
「あぁ、……生きていれば、何れは判明してしまうことだ」
「そう、そうだ。だから、俺は――いや、ナマエは決意したんだ。一生を此処で過ごすって」
 メローネは足元の砂から目線を上げて、夕暮れに焼かれた地平線へと視線を定めた。赤の絵の具と黄色の絵の具を塗りたくり出来た、自身の指先から生まれた、偽物の太陽。ナマエ、彼女の瞳の色に良く似た青で描いた海は黄昏時に染まっている。
「ナマエ、彼女は俺の絵の中に入りたいって昔から言ってたんだ。でも、まさかだよな。最後のあの日に、俺は彼女のそれを知ったんだから。もし、彼女がそれを明かさなかったら、きっと……」
 メローネはその先の言葉を紡がなかった。瞳に海を映し込みながら眩さに二度瞬きをして、視線をリゾットへと向ける。
「で、俺は始末されちゃうのかな?」
「……いや、されないだろう」
 それを聞いたメローネは、笑った。つまり、リゾットは彼の明かしたそれを報告するつもりが毛頭無いことを彼へと示したのだから。メローネは、すう、はあ。と、呼吸をして常日頃からよくする悪戯な笑みを浮かべた。そうして口角を吊り上げたままに唇を開く。
「そう、そうだ。本題を言わなくちゃ、だな」
「……まだ何かあるのか」
「最初に言ったじゃないか。あんたに言わなくちゃいけないことがあるって。俺が死んだら、もし死体を回収できたらでいいんだけどさ、この絵も一緒に火葬してくれる?」
「それは……」
「おっかないなあ。無理心中じゃあないんだぜ? 彼女達てのお願いなんだ。…………頼むよ、リーダー」
 短い沈黙の後にメローネは、リゾットへと真剣な様子で頭を下げた。彼は己の頭上で確かに相手が了承の為に頷いた気配を感じ、勢い良く顔を上げる。
 ニッと笑ったメローネは足を取る砂浜も構わずにその場から駆け出した。彼が向かう波打ち際には座り込んだ小さな背中が在る。
 メローネはまだ少しばかり離れた距離から、走る脚を止めぬままに、彼女へと向けて声を張り上げた。
「ナマエ、愛してるー!」
 それは鳴り止まぬ潮騒に紛れぬことなくナマエの鼓膜を、心を、震わせた。彼女は片手を砂浜に突いて、彼へと振り返る。満面の笑みを浮かべたままに。
 潮風が彼女の赤く色付いた頬を、髪を、撫で抜けた。
「私もずっと、ずっと前から愛してるー!」
 そう言ってメローネの方へ身体を向けて彼女は立ち上がった。ナマエの肩越しに見える海は飛沫を跳ね上げ、夕焼けに照らされたままにきらきらと輝いているが、メローネにはそれ以上に彼女が眩かった。だからと誇示付けて、飛び込むように彼女を砂浜に押し倒し、砂で服が汚れようと彼女を抱き締めて何度も何度、愛を囁いたのだ。
 ナマエはメローネと唇を重ねながら、閉じた瞼の下にも海を広げ睫毛を震わせた。しょっぱくて不思議な味の空気で肺を満たしながら、潮水と違うそれをぽろりと頬へ零す。
 彼女は世界で一番綺麗な海を得た。

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