当たり前のように夜は更けて朝が来た。何度目かの朝を迎えようとおれはナマエと寄り添う合う様に過ごしたし、彼女もおれの手を握り返してくれた。思えば、確かな愛の言葉を口にしたことはなかった。それでも、おれの気持ちは言葉にする以上に彼女と共に過ごす空間へと流れ出ていたらしいし、彼女のそれもそうだ。互いにそれを一息毎に肺に吸い込んで生きていた。幼い恋だと大人達は笑うかもしれないが、おれ達はおれ達なりに思い合っていたんだ。

 秋の紅葉は誰かさんの手みたいだ。丁度良い花なんかが見つからなくて両の手の平いっぱいに集めたそれをナマエへと翳して見せた後、二人の頭上へと舞い上げるように放って遊んだ。髪に引っかかったり乗ってしまったそれは花弁と違って格好は付かないが、悪くない。おれが笑い出せばナマエも釣られる様に笑った。哲学者なんかは幸福とは何たるかを小難しく考え、探すのに一生を費やすんだろうが、おれはその時確かに幸せというものをナマエの側にいることで見出すことが出来ていたんだ。
「メローネ!」
「ナマエ、前を向いて歩かないと転ぶだろ」
「っ!」
「ほら、言ってる側から」
「メローネが支えてくれたから、だいじょーぶ!」
 おれ達の世界は互いの存在で完結していたから、自身を見ていた他人の存在なんて一片も気付いていなかった。
 シスターがおれの名を呼ぶ。おれだけの名を。ちょっと行って来るだなんて笑った頬は、その幾分後には引き攣った。里子に里親。世間的には喜ばしいことなんだろうけど、さ。

 イタリアの冬は雨が多くなる。その日も、雨が降っていた。最後の日、だ。一週間程前から別れを知ってしまったナマエはその日、朝から何処かへ姿を隠してしまっていた。おれだって、彼女との別れが辛くて、最後の言葉なんて何を言えば良いのかひとっつも分からなくて、どうすれば良いのか何が最善なのか、分からなくて。それに、最後に彼女の姿を見たら格好悪く泣いてしまうと分かっていたから、視線で彼女を探しながらも院内を駆けて探し回ることはしなかった。
 そうしておれを迎え入れる気でいるらしい二人の人間がおれの手を取った。右手と左手、両方を取られちゃナマエの手を引けはしない。そう脳を過ぎって、頭を振った。
「メ、メローネ……!」
 漸くかくれんぼを止めたらしいナマエの声がおれの鼓膜を震わせたが、おれは振り返らなかった。おれは今、酷い顔をしている。ぼろぼろと涙を流す格好悪い顔を見せるだなんて、出来なかった。
 ナマエ。土砂降りの雨だ。彼女の名前を最後に呟いたが、きっと雨音に紛れて消えてしまっただろう。

 その後のおれのことなど、語るに足らない。おれを里子にした夫婦は、世間で言うところの良い両親だった。そう、だった。仮面を被っていた年月は長いのか、短いのか。血の繋がらない父が死んだのが俺が成人する頃で、薬を買い漁ったままに借金を拵えて死にやがった。同じく血の繋がらない母は、俺を娼館に売り付ける前に何を思ったか俺を組み敷いたんだが、その時俺はスタンド使いなんてものになって、そのままにギャングになったわけだ。ベイビィ・フェイスの能力故か暗殺チームなんて所へ回された俺が、ナマエのことを覚えていたのは何時までだろうか。記憶に蓋をしたのは何時頃だろうか。

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