硝子よりも水素よりも澄み切って、風は大地を流れます。マグネシヤの花火は揺れるカンテラの灯火ですが、がらんとひらけた夜空にしらしらと亘っているのは確かに天の川だ。星の輝きに燐光をあげる大地の細波のあいまに、嗚呼、綺羅星の子が鳴いている。そうして、私の眼は凸レンズです。
「この砂は水晶だ、繁栄の標が中で燃えている……礫だったかしらん」
「――解らないな」
 彼女が楽しげに拾い上げた小石を掌で遊ばせているのに、フェルディナンドは徐に声音を静やか夜に響かせました。詩を歌っていたかのような唇を閉じ、けれども少しばかり口辺は浮かばせたままに彼女は彼へと振り返ります。その掌の上では水晶と謳われた小石がころんと転げます。それはまるで彼女の代わりに首を傾げたようなものでした。
「きみが、地質学を専攻しあまつさえわたしの助手などをしているのが時折不可解なだけだ」
 不安げに揺れる彼女の瞳の中に在るフェルディナンドの髪の色というのはまるで、銀河に泳ぐ星でした。或いは、彼女の瞳にやはりフェルディナンドは星と共に泳いでいました。
「何か、……不味いことをしてしまったでしょうか? 触れるべきでない大地に触れた?」
 その礫の中で本当に炎が燃えているかのように恐々と、大地へと小石を帰そうとする彼女がいましたがフェルディナンドといえば声を荒らげることもなく、ただ彼女を手の平に制して言葉を紡ぎ続けたのでした。
「いいや、そうじゃない。悪い方に考えるんじゃあないぞ。……ただ純粋な疑問だな、きみはずいぶん文学的に大地と触れ合うからな」
「ああ、五月蠅かったですかね……」
「そうじゃないと言ったよな? 感心しているんだ、いっそ文学を専攻するべきだったんじゃあないか。きみはロマンチストだからな」
 彼女の前では大地は時に銀河だ、海原と成り何れ還る母体でさえある。時折儘に大地として横たわりそれは、それでも新鮮さを伴ってその素晴らしさを改めて実感するものだ。
「それこそ、地質学の方が随分と浪漫かと。私にしたら博士こそロマンチストです」
 その言葉に、フェルディナンドはまるで彼の睫毛の先で小さな星が弾けたようなまたたきをしました。彼のそんな仄かな様子が楽しかったのか彼女は弾けた星がまるで砂糖菓子で、ほろほろとくずれたそれらが舌の上に甘さと広がったかのような笑みで彼を見ます。そのように見られては、いっそ流れ星のひとつでも大地へと落ちて彼女の関心を逸らしてくれないものかとフェルディナンドに思わせました。もちろん星は流れてこず、彼が自身の前髪を流線に梳いただけでした。
「おもしろい冗談だ。とひと払いするのもなんだな……、その理由を聴かせていただこうか」
 互いの間に流れた風はまるで水のせせらぎでした。その流れを追うように、彼女は大地に声音を浸すかのようでした。
「大地に思慕を抱きながら少年は言っておりました、一等に大地に詳しくなったその折には必ず少女を自身に寄り添わせると。必ず、必ずと。少年と少女はこんなにも小さな指先を絡めて契ったんですよ、大きな夢を抱いて。幼い故の夢物語であっても、少女には随分とロマンチックだったことです。そう思いませんかフェルディナンドさん」
 一番のさいわいに至ったような心持ちでありました、彼は。
「いやまさか……、覚えているとは」
「しゃんと少年の隣に立てるように大地を学ぶほどですよ」
 ある意味は、フェルディナンドの心中を描いたかのようにようやっと星は夜の空を流れたようでした。けれど、互いにそれへとまなざしを向けることはありやしませんでした。反って、今となっては流星というのは彼の心持ちなのです。一番のさいわいは、水銀のような輝かしさを忽ち鈍色へと変えながら、フェルディナンドに彼女の確かを思い出させることでした。
「……それでもおまえは、何処の馬の骨とも分からない男と婚姻を結ぶんだな」
 銀河に流れる水にぽちゃんと落ちるかのような声色でした、それは互いに。
「どうにもリアリストが書いたお話のようで、政略結婚だなんて酷くありきたりで困ったものです」
 思わずと砂を僅かに巻き上げるように蹴り上げた彼女の姿はあの日の少女でありました。それで、フェルディナンドの心というものは少年のそれでした。いいえ寧ろ、どこまでも青年で一人の男性でありましたが。
「……例えば、式の前日に突然、婚約者の男がいなくなるかもしれないぞ」
「男は何処へ?」
「さあ、恐竜に喰われたのかもしれないな」
「それは随分とファンタジーなことを仰いますね」
「この偉大なる大地に死体を遺棄していないだけ素晴らしいことだと思うがな。……そうして慕っていた相手が彼女を迎えにきたらきみの望むロマンスになるんじゃないか。酷くありきたりな話の展開だろうが」
「ええでも、私は好きです。泣きそうになるぐらいに、そのロマンスが好きです、博士」
「フェルディナンドと呼べ」
 彼女が曖昧に浮かべた笑みは。見上げた夜の空にある星より遠く遠く、少しも見えないそんな遠くへといってしまったような笑みでした。フェルディナンドに背を向けた彼女は、徐に屈んでは大地の細波の合間へと指先をすべりこませます。流砂から顔を上げた指先からさらさらと零れる砂粒は至りて彼女の涙のようでありました。
「ああ、見てください博士。これ、これは琥珀ではないでしょうか。……アンバーの中で小さなものが眠っています」
 羨ましいと零したのはどちらだったか。夜は朝焼けへと向かっているようでした。彼女の好む筋書きを綴ろうと、フェルディナンドは琥珀色を自身の瞳の中に泳がせることでした。

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