ディオ/暗喩
 薔薇の花弁の触りは指の腹にビロードな心地を知らせるがそれは如何なものだ。ただすべりすべりとしているが、俺か或いは彼女の腹の奥ではじくじくとした感慨深さを伴っている。互いの鼻先を撫でるその香りは高貴だと主張しているかのようだ。それでいていつ何時と嗅ぐ者を深淵へと引きずり込もうとしている。匂いのように甘ったるい誘いだ! ならば此方を傷つけようとする棘を退け、誘われる儘に手を出せばどうだ。絨毯の上にひらりひらりと花弁は舞い落ちていく。花弁を剥くことは、幾重にも重なる装いを剥くことだつまり。知っているか、棺を満たす花は再生のシンボルなどではない、決して。ただ死体から関心を背ける為の小細工だ。お前が死体であるか否か、確かめることとしようじゃあないか。



ディオ/恋慕
 正直に言うと、彼の眼の中にそのような感情が存在したということに私は少なからず落胆を覚えなかったわけではない。かつてディオの眼は偏に美しく、しかも非常にある種の熱烈な魂を燃やしながらも秘めていた。野望だなんて言葉に置き換えるが、それを抱きながらも悟らせぬ眼差しは巧みな役者がするように時折なんのひとつの意味もないことに美しい意味を与えることすらあった。以前私が好んでいた、半ば愛していたと言っても過言ではない偏さだ。それが、それがそこいらの畜生も持ち得るであろう感情に身を乗り出されたのだから私としてはいっそ泣き暮れてさえやりたかった。嗚呼、ディオ、そんな低俗な感情を抱くべきではないと。愛と欲望は同じやり方で表現される、そうともすればやはり、そんな浅はかな俗物に身を費やすべきではないのだ。ディオともあろう者が。「私を好きなディオだなんて、私は好きじゃあないよ」動揺、困惑、怒気、殺意。瞬く間、立ち代り、最後のものは彼の瞳の中に居座り続けている。ちょっぴり悩ましい気持ちが私の中に渦巻いて、そうしてロンドンの湿気た空気に消えてった。



ミューミュー/高揚
 その流れのままにブラシを一心に通し毛先まで辿り着いた先で抜ける。その感覚に背筋を這うような、体中の産毛が全て逆立つような、そんな感覚を覚える。柔らかで艶やかで、寄せた鼻先を撫でる甘い香りに唇を戯れさせるように一房を掬い取って口付けた。堪らない。
「うん、良い。とても。何時も素敵だけどもっと、もっと素敵だよミューミュー」
 彼女の長い髪を掻き分けて晒した項にも唇を寄せた。彼女の肌の滑らかさを自身の唇で堪能する瞬間もまた堪らない程に良く、緩やかに上がり始めた己の心拍数が耳裏に流れる血液の音で確認出来る。
「君を押し倒したいんだと思う」
「希望じゃなく宣言だな」
 床へと広がった彼女の髪を手の平と床とで挟む。
「髪を切りたくなったら言ってくれ、俺が切るから」
「切るのは構わないんだな」
 少しの力を込めて彼女の髪を引っ張った。ミューミューが僅かに眉根を寄せて視線を向けてくる。
「ミューミュー、俺は髪フェチかもしれない」
「何を今更」
 彼女の髪を手の平で押し潰しながら俺は正直な自身を彼女の太股へと擦り付けた。笑えない。



DIO/芋虫
「目が覚めたら虫になっていた」
 ナマエはDIOの腹の上で彼と身体が交差するように腹這いになったままで、ちらりと彼に視線を流しながらその唇を開いた。優艶な素肌が彼のそれと障害物の無いままにぴったりと密着し、緩やかな横隔膜の収縮、筋肉の弛緩を彼へと伝えている。ナマエの血管の中を駆け巡る血潮に思いを馳せながら、DIOは彼女の瞳の奥を見据えた。それに彼女は途切れさせていた言葉の続きを吐き出す息と共に流す。
「ら、どうする? ……あ、私がね」
「そんな仮定の話、馬鹿らしいと思わないのか」
「可愛い恋人の話に付き合おうって気は無いの」
「読書に励むのは結構だが、その度では付き合いきれん」
 嘲笑を浮かべる彼の胸元を彼女はむくれた頬のままにペシンッと叩いた。痛くも痒くもないそれを彼は鼻で笑い飛ばす。ナマエは左手で頬杖を突き、顔をDIOへと向けたままに目を細めて不機嫌を露にした。
「DIOに林檎を投げ付けられそう」
「まだ続けるのか」
「嫌って言うほど語ろうよ」
 既にうんざりしているとばかりにDIOは眉根を寄せる。そうすれば今度は彼女が可笑しそうに彼を笑い飛ばした。DIOは真っ赤な林檎とはまた違う彼女の唇の朱に眼を注ぎ、林檎など投げ付けるものかと僅かな溜息を吐く。それが空気を震わせてそのままに彼女の肌表面をほんの少し撫でる。
「睦言には向かない話だね」
「まったくだ」
 彼が脇腹の線を辿る様に彼女の肌を撫で付け、彼女は其処で上げるに似付かわしい声音を薄く開いていた唇から漏らした。とろりとした光を宿したままに彼女が視線を彼へと向けると、それの先でちろりと覗いた彼の舌先は乾いてもいないのにその唇を舐める。
「DIO」
「寝かせなければ、虫にならないだろう」
「……意識は失いそう」
 失った意識の後に虫なんぞにならないように、馬鹿げた祈りを一つ捧げて彼女はDIOの肌に唇を落とした。笑んだ彼女は虫にならずとも、内に毒にも似た成分を含んでいる。





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