まるで泥水に浸したような雲、どっしりとしたそれは此の頭上へと落ちてきそうだというのにいつまで経っても此の身に降りかかることのない災難。快晴の兆しはひとっつもこの眼差しに無いと知っています、ただ陰りばかりです。
 落ち着いている、呼吸ばかりは。ふぅと吐いてから吸い込んだ空気は嫌に湿気ていて舌の上にも肺にも気色悪い。膝突き、装いを汚してみてもそれ以上にただ雨を予感させる此の身に纏う空気だけが不快で。
 雨を願うように自身の手の平に空を見仰がせる。その手、指を儘に組み合わせればそれは懺悔の形によく似ている。似ている、いいえこれは懺悔です。懺悔に他ならない。
「神サマ、ワタシは罪深いことデス」
 嫌悪を向けていた神なる存在へと縋りつこうとしている。滑稽なことでしょう。とても、とても歪な形をした懺悔であることです。
「アァ、とても罪深いことデス」
 遮られ、いいえ疾うに昔から視ることのできない左眼と神の眼差しを一致させた気になっている。もしかしたら許しを得ることができるかもしれないと。許し、けれども私は自身を許して欲しいのではないのです。或いは、許して欲しいのは自身の罪であるかもしれませんが。
「アノ人は美しかった、アノ人は尊かった、アノ人はワタシの全てでした」
 その人は、私の全てでした。少なくとも、二度目の生を得た私にとって私たる全てでした。
 右眼しかない眼差し、その先にあの人の姿が在るだけで良かった。私の語りにあの耳を傾けるやわい存在があればそれで良かった。ふとした瞬間の戯れ、手と手が触れ合ってしまうだけで私は充分幸福に包まれたことでした。
「ワタシは、アノ人を愛しておりました。いつの日からか。ただ、愛して」
 それだけで、よかった。
「アノ人を愛していた、それだけでよかったのデス」
 きっとそれだけで罪深いことでした。故に、罰せられるは自身だけでよかった。あの人が罪に身を浸す道理などひとっつもなくて。ただ、平凡たる日常にあの人は儘に生きているだけでよかった。それならよかった。
 私が向けた眼差しの先に、思いの先にあの人がいるだけでよかった。それだけで、私は満ち足りていた。それだけで私は罪深かった。
 貴女が、眼差しを温もりを思いを返す必要はなかった。それによりその身が罰せられることとなるのであれば。
「全て、全てワタシの罪なのデス。そのどれもが」
 神よ、ただひとつを願う。あの人の幸いを。
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