この世界は残酷だ。生ける者にも死せる者にも厳しいこの世界は、残酷だ。それでも、世界は狂おしいまでに美しい。
 朝露に濡れる若葉や、宵に眠る街の喧騒。やわらかな春の盛りに夏の煌き、物悲しさを含めた秋の色付きに冬の命の確かな息吹。光は弾み闇は静やかに。まどろむ生も焼き付くような生も、言うに言われぬ死も語り聞かせる死も。世界の優しい無関心の前に実に美しく入り乱れている。
 私が生きている今、私が死んでいく今。そこにマルコがいるということで確かにそう感じる。
「――だから、これは絶望なんかじゃない」
 限られた選択肢の末、どれもが最期を指すというのに目の前が絶望の闇に落ちていくことはなかった。一人、世界に独りだというように、誰の目にも心にも触れることなく沈んでいくわけじゃない。重ねた手に、マルコがいるという事実が最期の前でもこんなにも幸福を孕んでいる。
「まだ、……まだナマエは、死なない」
 険しい表情で私の顔を覗き見るマルコとは対照的に、私はどこまでもやわらかな笑みを浮かべて重ねた手を見ていた。ずいぶんと長い間、彼とこうして手を重ねてきたと思う。幾らあっても足りなくはあったけれどと吐き出した息もどこか軽くて、マルコの名を呟いては噛み締めた。
「マルコ、大好きよ」
 不釣合いなほどの甘さを乗せて囁いたそれが、耳の裏に痛いほどの静寂と冷たさを払って景色に溶けていく。薄眩いけれど、確かに広がる景色の中に私はマルコと在る。
「ナマエ、愛してる」
「そう、ね……私も愛してる」
 眩しいなあ、と瞼を閉じても広がる世界に、静かな世界に、囁くようなマルコの声が確かに響く。
「……お疲れ様、ナマエ」
 いつまでも優しくて温かいマルコに目を閉じたままでも唇は弧を描いてしまう。まるで世界に二人きり、ぽつりぽつりと零す彼に私以外の誰が頷いてやるというのだと私は笑む。
「愛してる」
 最期の声がどれになるかは私にも分からない。
「ずっと、ずっと、愛してるよ」
 まどろんでいるような幸せをずっとずっと感じていた。



「ジャンは、マルコの言った通り指揮官に向いてたね。それに良い夫であり父であるみたい」
 きらきら光る水の珠は幼い少年少女が川に浸からせた足を蹴り上げたせい。
 せせらぎの傍らにある樹にマルコと二人、背を預けて見守る先の元気なその姿はなんだか微笑ましくて頬が緩む。マルコへと顔を向けてみれば彼もまた頬を緩ませてそれを見ていた。
 油断しているその横顔に、少しばかり背伸びした口付けを贈る。驚いたような声と慌てて呼ばれる私の名、いつまで経っても慣れないし薄れぬ幸せ。仕返しのように抱き寄せられ奪われる唇が、誰にも見られていないという事実の前でも私の頬を熱くする。
「ナマエ、ずっと愛してるよ」
「うん、嘘じゃないのを知ってる。私もずっと愛してるから」
「それじゃあ、もう一度お前にキスしてもいいかい?」

 まどろむような幸せは、目を閉ざそうと残酷で美しい世界でずっとずっと続いていく。優しい無関心の狭間で重ねた熱、マルコと共にずっとずっと続いていく。
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