グズマとのR15体験を経たわけだが、お互いに何かが変わった様子は無かった。
いつも通りに顔を合わせて挨拶をし、一緒にご飯を食べて、同じ布団で眠った。
あの日以来性的な事は何もしなくなったわけだが、たまに夜中、グズマが私をそっと抱き締めては静かに離れて行く事を私は知っている。
グズマは私の事を親のように思っていたわけではなかった。寧ろ異性として好いてくれている様だった。その事に私は安堵した。これではまるで相思相愛じゃないか。ただ勇気が出ないのは私だけの問題だった。グズマと私はあまり年は変わらないが、グズマは愛というものに少々疎い。この特殊な状況下で、たまたま一緒に暮らしている私に情が移っただけの可能性もあるのだ。
女の武器を使ってしまってそれで火がついた可能性も無きにしも非ずだし、私は未だにあの時の事を後悔している。あれが無ければ余計な枷を付けさせる事にはなら無かったのではないか。そう思ってしまうのだ。

「花子、今日の夕食は何だ?」

グズマが出かける準備をしながらそう聞いてきた。冷蔵庫の中身を思い出しながら私は答える。

「ん〜そうねえ、今日は魚のフライとヤドンテールのスープかな」

「オレは今日はグラタンが食べたい」

「えーっ、買い物してこなきゃいけないじゃない」

「そんな時はバトルして決めれば良いだろ。いつもの事だ」

「まあそうね」



軽い気持ちで受けたバトルだったが、私は苦渋を味わうことになる。
今思えば全て計算づくだったのだ。私が出勤する大分早くに夕食のメニューを聞いてきた事とか、バトルになる事とか、私が始めて負ける事とか。

「……」

少しだけ驚いて呆然としていると、健闘したグソクムシャを褒めてやってボールに戻しながらグズマは私の方へ体を向けた。

「オレも少しは強くなっただろ」

得意気な顔がやけにむかつく。私は冷静を保ちながら「あなたは初めから強かった」と答えた。苦し紛れなその一言は私のプライドを深く抉る。グズマは私には勝てないと、そう驕った事は今までに無かった。通勤時に挑まれるバトルや、遭遇した野生のポケモンとのバトルもしっかりこなしていたし、そこでもまだまだ私にとって学ぶ事は多かった。私だって日々の鍛錬はしていたはずだった。
しかし…、グズマは私よりもはるかに成長していた。

「ハラのおっさんの弟子になる事に決めたんだ」

ぽつりと、グズマがそう言う。

「また弟子に、とってくれると言ってくれたんだ」

私は黙ってそれを聞く。ハラさんとは、メレメレ島の島キングで、知らない人は居ないだろうという人。グズマが昔ハラさんの弟子だったとは。

「オレが変わったから、もう一度鍛え直せって」

しかし、弟子になるという事は、私の元から離れるという事。

「花子…あんたのおかげだと、オレは思ってる」

「そんなことは」つい口をついて出た言葉だけど、私は元々そうしたくてやっていた。少々強引ではあったけれど。

「オレはお前に会えて良かった。ありがとな、花子。お前があの時、オレを完膚なきまでに叩きのめしてくれて、オレを連れて帰ってくれて」

そんな言い方はしないでほしい。まるで別れのようじゃないか。心が、痛む。

「花子はオレの事を最初から認めてくれていた。ずっと、初めからずっと、オレを愛してくれていた」

「…!」

初めからずっと、だと…?
私は驚きから呆けた顔をしてしまう。
まさか気付いて…?いや、え、何、どういうこと。

「ずっとこの甘いぬかるみに浸かっていたい気持ちはあった。けどよ、あんまり我慢すんのも体に悪ぃだろ?」

グズマは私に更に近寄り、頬に手をあてた。

「言ったよな、覚えてろよって」

何が起こったのか、わからなかった。ゆっくり近付いてきたグズマの顔、唇に触れた柔らかい感触、そして離れて行ったグズマの少し赤い顔。

「オレはすぐにでもフルバトルで花子を負かすからよ」

ぺろり、と唇を舐めた赤い舌に目を奪われた。

「楽しみに待っててくれ」

その瞳はギラギラと燃えていた。最後に残っていた希望はやはりグズマ本人であった。それは彼にとっても私にとってもだ。
意味を理解した私は、両手で顔を覆って、今すぐにでもフルバトルして負けたい気持ちをぐっと抑えて声を絞り出した。




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