「なあ、明日は少し出かけてきても良いか?」

唐突に言われたその言葉に、私は思わず洗い物をしていた手を止める。
一瞬、言われたことの意味を理解できなかった。はて、私は今何を言われたのだろうか。
出かけても?いいか?だって?
なぜそんな事を……。私に出かけるための了解を得る必要があると?
動揺をうまく誤魔化すために、私は手についた泡を落としてから水を止めた。そして白々しくも聞こえなかった振りをする。「なあに?」
特に不審にも思っていない様子のグズマは、私の表情を窺いながらまた同じように問う。「明日は出かけてきてもいいか?」やっぱり聞き間違えではなかった。私は出来るだけ自然を装って「?…どうぞ行ってらっしゃい」と薄く笑んでみせる。私の反応が想像と違ったらしく、グズマは目を丸くして薄く口を開いたが、その口から言葉が出てくる事はなった。グズマは私が何て言うと思っていたのだろうか。…まあ、仮にも私は誘拐まがいの事をしたわけなので、単独での外出は断られると思っていたのかもしれないが。
結局何か言いたそうなままのグズマは眉尻を下げて「夕飯までには戻る」と、それだけを掠れた声で言ったのだった。もちろんそれが言いたかったことではないと、私はわかっている。



翌朝、朝食を食べるとグズマは宣言通りどこかへと出かけていった。
一人になった私はエネココアを淹れて考察する。
グズマは一体どこに行ったんだろうか。でもその前に一連の流れをもう一度おさらいする必要があるだろう。

何やら失意の真っ只中だったグズマをフルバトルでボコボコにした大雨の日、私はいかがわしき屋敷から彼を攫った。
彼の心が欲しいと、心の底で願いながらも私が真に望んでいるのは彼の幸せだ。風の噂で聞いていた。エーテル財団とスカル団が裏で繋がっていた事を。エーテル財団代表のルザミーネは慈愛と母性の塊のような人であったと記憶している。実際にお目にかかった事は無かったが、テレビでエーテル財団が紹介されている時のインタビューで目にした情報が私にとっては全てだ。彼女は全てのポケモンを愛し、愛しんで、愛でている。世の中にはそう言う人も多くいるけれど、彼女のように慈善団体を作り上げてまでポケモン達の為に出来る事を全うする人は珍しいだろう。しかしその裏でスカル団との繋がりがあったとは驚いたものだった。現在エーテル財団はルザミーネの息子であるグラジオが跡を継いで、ルザミーネは治療の為に海外へ行ったのだと言う。グズマの焦燥とルザミーネの失脚が何か関連があるのだとしたら、彼はルザミーネに対して愛情を抱いていたのだろうか。またはルザミーネの限りない愛に憧れていたのか。どちらにしてもグズマの事など殆ど知りもしない私にはわからない事だった。

グズマを家に連れて帰り、風呂に入れて居場所と食事を与えた。
まるで無感情のようにグズマの世話をする私に、グズマは狼狽えていた。私の真意がわからず、どうしていいかわからないようだった。それでも、私と生活をしていくうちに少し慣れたようで、今では夜眠る時に同じベッドに入ることさえも躊躇しなくなった。今まで特にやましい事があったわけではないので、グズマも私もその点は安心している。まあ私は別にやましい事があっても良いとは思っているのだが。しかし初めから距離が近過ぎてそんな発想には至らないのかもしれない。そこはちょっと失敗だったかも。とりあえず今のところ彼が私の事をどう思っているのかはわからない。

バトルに誘ったが彼はそれを望まなかった。
理由のない唐突なバトルはしたくないらしい。それもフルバトルは断固拒否。これについては一つ仮説…と言うかそうだったら良いなというご都合主義とも言える願望がある。初めてのバトル…私が彼に無言で迫った理由のないフルバトルは、彼の怒りと焦燥を焼き尽くした。グズマは強かった。けれど、私の方がそれよりもずいぶんと強かった。今まで全て壊してきたグズマだったが、最後にそれを壊したのは彼ではなく、私だった。グズマの全てを壊した私とのフルバトルは、言わば新しい一歩…状況を変える何かだったのかもしれない。今、彼が私とのフルバトルを望まないのは、この現状が変わるのが怖いからなのだとしたら。それはまさに私の願望であるが、それではいけないのだ。私はもう一度、完膚なきまでに彼を叩きのめして、私に勝ちたいと、そう思わせなければならない。彼を真っ当な道に戻すのだ。スカル団ではなく、ただのグズマという人間に。

そして昨日の出来事だ。
出かけたいという意思表示と、快諾した際の何か言いたげな顔。私は彼を息子のように接してきたわけではない。特に厳しく言いつけたり、軟禁などもしていない。この関係はストックホルム症候群ではない。…と思いたい。私は彼に常に自由を与えていたし、彼のする事にも詮索はしない。ここで出かけても良いかという言葉が出てくるのがあまりにも不自然なのだ。彼は私がどういう反応をすると思っていたのだろうか。いつもの様子で「行ってらっしゃい」と声をかけた私に、彼は何か言いたそうだった。…一体何を?何を言いたかったのだろう。それがわからない。もっと詮索されると思っていた?それとも彼が私の元から離れるのではと言う心配をするかと思った?実際に彼が何も言わず私の元を去れば、私は少し悲しい。…が、別に死別するわけではない。彼が立ち直ったのならもう私はお役御免であるし、彼の歩みを止めるだけの権利は私には無い。眉尻を下げたその顔は焦燥の色を帯びていた。…まさか彼は私に心配して欲しかった?気にかけられていないと、そう感じていた?ルザミーネに執心していた彼の事だ。もしかしたら愛されたいのかもしれない。いや、それは私のエゴが過ぎる。自分の都合の良いように考え過ぎだ。しかしもしそうだったとしたら私は嬉し過ぎてどうにかなってしまうかもしれない。目で追っているだけだった人が、今は面と向かって話して、一緒にご飯を食べて、同じベッドで眠っている。その事実だけで胸が一杯なのに、そんな事があったとしたら。

ふと手元で冷めてしまっているマグカップの中身を見つめた。折角淹れたのに、私はまだ一口も飲んでいない。一気に喉に流し込むと、余程喉が渇いていたのか、その潤いに喉が震えた。
そう言えば以前グズマは私に師匠はいるのか聞いてきたことがあった。
その事が今回の事に関係してくるのかもしれない。誰かに教えを請うために、彼は出かけたのかもしれない。
もしそうであったら、彼との時間は無くなってしまうが、それこそが私の本来の望み。
いい方向に動いている。彼が自分の足で歩き出すまでは、もうあまり時間がかからないのだろう。





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