その力は圧倒的だった。
たった二体だけの力でオレの手持ちは全滅した。女の腰にあるモンスターボールは六個。その全ての力を見せる前にオレは敗北した。
圧倒的だった。
女の繰り出させる技は全てが高威力で、何がそこまでさせたのかがわからない。女もまた、自暴自棄になって何かを壊したかったのか。
その証拠にか、女は攻撃技ははかいこうせんしか使わなかった。
ブッ壊してもブッ壊しても手を緩めなくて嫌われる、このグズマが、ブッ壊してもブッ壊しても手を緩めない女に全滅させられるとは。
トチ狂っている。
かつての自分を見たような気がして、オレは慄いた。
グラグラと音を立てるいかがわしき屋敷が、まるでオレの心情を表しているようだった。
壊れていく。崩れていく。
呆然としているオレの手を引いて歩き出した女は、部屋を出ると荒れ果てたバルコニーに飛び出して、見たことも無いポケモンを繰り出しては空を飛んだ。



女の家らしき所に到着すると、女はオレの手を引いたまま中に入り、そして脱衣所に押し込まれた。

「……あんた…どういうつもりなんだよ…」

真意がわからずそう問いかけるが、無表情なままの女は何も答えない。それどころかオレの横をすり抜けてシャワールームへ入って行くと、コックを捻ってシャワーを出した。シャワーから出た水が徐々にお湯に変わり、湯気を上げて行く。
何も言わないまま脱衣所を出て行った女を見送って、オレは雨と泥と埃にまみれて汚れてしまった全身を見た。綺麗にしろという事だろうか。
確かに雨に濡れてしまった体は寒さを感じている。
それならば有り難く湯を頂戴するとしよう。
服を脱いでシャワールームに入ると、湯の温度を確かめて、足元を濡らした。冷えたつま先がじわじわと温まってくる。ふと、背後の脱衣所で何か物音がした。次いでシャワールームの扉が開く音。
まさかと思って振り返ると、女が何食わぬ顔をして立っていた。…全裸で。
まともに直視してしまって、オレは狼狽える。

「何して…!?」

女は無言でオレからシャワーを奪い取ると、容赦なく頭から湯を浴びせた。目を瞑ると、くるりと体を反転させられて、椅子に座らされた。そのまま何をするかと思いきや、女はシャンプーを手に取ってオレの頭を洗って行く。柔らかい手つきで、しかししっかり力を入れて、女はオレの髪をかき混ぜた。
本当に一体何なんだ。
髪についた泡を綺麗に落とし、リンスまでして、背中をごしごしとタオルで擦り、背中側が終わったからとオレにタオルを手渡しても、女は言葉を発さなかった。
オレがのろのろと前を洗い始めると、背後で豪快な水音がして、女が頭からシャワーのお湯を被ったのだとわかった。
そう言えば、オレの所に来た時には、既に女はずぶ濡れになっていた。肩に滴った水の、背中に回された手の冷たさを思い出す。
随分と、冷えていたに違いない。
だからこそ女はオレがまだ入ったばかりのシャワールームに入ってきたのだろう。
思慮の足りなかった自分を責めながら、オレは自分の体を洗い続ける。
全て洗い終えたのか、女は最後にシャワーを頭から被って湯を止めると、髪の水気を切ってシャワールームから出て行った。
脱衣所からも女が出て行った頃、オレは長い息を吐いた。

「……クソッ」

こんな時でも体は素直だ。



火照った体を冷やす意味でも、オレは最後にぬるま湯を浴びて、それから脱衣所に出た。
出てすぐ所にあるチェストにはタオルと着替えが置かれており、オレは素直にその着替えを着て脱衣所を出る。
出たところで、漸く女が声を発した。「こっちよ」あまりにも女が喋らないものだから、言葉を知らないのかと思っていた。今までに聞いたことがあるのは「グズマ」「バトルしよう」「コットンガード」「りゅうのまい」「はかいこうせん」「つきのひかり」、それくらいだ。両手で足りてしまうほどしか女の言葉を聞いていなかったので、初めは女の声と思えなかったほどだった。
いかがわしき屋敷にいた時には強張った、緊張したような囁く声色だったが、今のは随分と暖かさの感じられる声だった。それでも僅かに、ではあるが。もしかしたら、元々感情の起伏が少ないタイプなのかもしれない。
声の聞こえてきた方へ向かい、すりガラスの扉を開けると、そこがリビングになっているらしかった。中を覗き込むと、ソファに座っているらしい女がこちらを振り返って「さあ座って」と言った。「温かい飲み物を淹れたの」急に喋るようになった女に怯むが、何とか平静を装って女のところまで真っ直ぐに歩いて行く。
女の手元を覗き込むと、濃い茶色の良く見知った液体が入っている。…エネココアだ。
有り難く…と、その手の中からマグカップを受け取り一口すすると、一瞬驚いたような表情を見せた女が短く息を吐いた。
女の正面に座るのと、女がマグカップを引き寄せたのは同時だった。
……まさか。
この女が飲んでいたものをオレが勘違いして持っていったのだろうか…。
羞恥を隠すために、カップの中身を飲み干した。喉が熱い。

「あのねグズマ…くん、残念ながらあなたの根城は半壊してしまっていて、とても人が生活できるようなレベルじゃなくなってしまったの。しばらくここに居てもらうしかないわね」

「殆どあんたが壊したんだろう……」

驚くほどするりとその言葉が出てきた。緊張感をもブッ壊す女の言動にはもはや呆れる。

「それで?」

女の顔から目を離さないまま、マグカップをテーブルに戻して問う。思ったよりも大きな音を立てたマグカップとテーブルに、少しだけ気を落ち着ける。

「一体何のつもりなんだァ?」

女の瞳は複雑な色をしていた。迷いと、ほんの少しの動揺に揺れている。

「……目的は何か、……ねえ…」

イラつくほどたっぷり時間をかけて言葉を濁した女は、「しいて言うなら」と再度口を開く。

「あなたに幸せになって欲しい…」

は?
オレに?幸せに?
全く持って意味が分からない。
それに、この一連の流れとその言葉の真意が繋がらない。
オレは馬鹿だけど、流石にそれくらいわかる。
「えっと…その…違くて、いや…あながち間違いではないんだけど」と捲し立てた女は、マグカップの中身をぐいっと飲んで、それから手元を見つめた。「まあ、要はね、あなたはあのままあそこに居ちゃだめだって思っただけ、なのよ」それが本心だろう。震える睫に気が付いてしまって、オレは髪をかき混ぜた。「…ああそうかよ」救われたって訳か。このグズマ様が。
確かにあのまま永久にあそこには居られなかっただろう。
あの状況を打破してくれたのはこの女なのだから。オレのプライドもしがらみも、罪悪感も焦燥感も、絶望も、全てブッ壊してオレを攫ってくれたからこそ、今、オレはここにこうしている。

女、花子…は、オレにポケモン達のボールを返して、二杯目のエネココアをくれた。




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