パンドラの匣の話を知らない人は居ないだろう。
開けてはならない匣を開けてしまったら様々な災厄や不幸が飛び出してきたが、その匣の底には希望が残っていた。
今のグズマもそんな状態だと言えるだろう。
勝負の結果は話にもならないレベルだった。
グズマの手持ちは全滅。屋敷は半壊。崩れる建物から何とか離脱して、私は彼を攫った。
最後に残った希望は彼そのものなのだと私は思う。



自宅に到着すると、グズマを引っ張って中に入る。

「……あんた…どういうつもりなんだよ…」

全身雨と泥と埃にまみれて汚れてしまっていたグズマを脱衣所に押し込むと、彼はもごもごとそう言った。
私はそれには答えないで、シャワーのコックを捻ってから一度部屋に行く。
グズマから取り上げたポケモン達と自分のポケモンの回復をして、それから着替えやらタオルやらを持ってグズマの元へ戻る。
とりあえず様子を見ることにしたのか、はたまた諦めたのか、グズマはシャワールームに入ったようだった。私は着替えとタオルを置いて、自分も服を脱ぐ。肌に張り付く服はなんとも不快であったので、開放感がすごい。でも少し肌寒い。早く温まらなくては。
何食わぬ顔でシャワールームに入ると、ぎょっとした顔でグズマがこちらを向いた。

「何して…!?」

私は問答無用で彼の頭からシャワーをかけて、反対を向かせて座らせた。無言のままシャンプーを手に取って、ごしごしと彼の頭を洗う。野生のトリミアンを連れ帰った時のような気持ちだった。
嫌なら振りほどけば良いのに、それが出来る力を持っているのに、グズマはただ黙ってされるがままになっていた。
髪についた泡を全て綺麗に落としてリンスまで済ませても彼は顔に付いた水気を拭うだけで微動だにしなかったので、ボディーソープを泡立てて背中を流してやる。お互い無言のままであったが、タオルを手渡すと他は自分で洗い始めたので私は自分のためにシャンプーを手に取った。
のろのろと体を洗うグズマよりも先に体を洗い終えた私は、一人シャワールームを出て着替えを済ませてリビングへ。
やっぱりシャワーだけではちゃんと温まりきれなかった。温かい飲み物でも・・・とエネココアを淹れる。まさかとは思ったが一応グズマの分も用意してローテーブルに置くと、ガチャ、ガチャンと脱衣所の扉が開閉する音がした。

「こっちよ」

彼に聞こえるように声をかけると、足音がこちらに向かってきて、リビングのすりガラスの扉を少しだけ開けてグズマが顔を覗かせた。

「さあ座って。温かい飲み物を淹れたの」

怪訝そうな顔のまま動こうとしなかったのでそう促すと、意外にも大人しくリビングに入ってきた。チラチラと辺りを見渡している所が怪我をしたマニューラを連想させる。警戒心の強い事強い事。
足取りは真っ直ぐこちらに近寄ってきたグズマは、私の手元を覗き込むとひょいとマグカップを奪い取ってそれに口を付けた。まあ毒や何かを疑う気持ちも分かるが…。
ふぅ…と溜息を付いて、彼のために用意したマグカップを自分の方に引き寄せると、正面に座ったグズマの顔を観察した。ずいぶんと血色の良い顔になった。頬や耳が仄かに赤く染まっているところを見て、マグカップを見てまさかそのまさかだったとは。と思った。グズマはエネココアが好きなようだった。私の好物と彼の好物が同じだった事は嬉しいが、私は自分が思っている以上に彼の事を知らない。

「あのねグズマ…くん、残念ながらあなたの根城は半壊してしまっていて、とても人が生活出来るようなレベルじゃなくなってしまったの。しばらくここに居てもらうしかないわね」

「殆どあんたが壊したんだろう……」

尤もな事を言ってグズマは溜息を付いた。まあ、寧ろわざと壊したのだが。ゴト、と少々乱暴にマグカップをテーブルに置いたグズマは「それで?」と言う。

「一体何のつもりなんだァ?」

私はグズマの目を見据えたまま、考える。あわよくばあなたの心が欲しい。…けど、勿論そう言える筈も無く。「……目的は何か、……ねえ…」とたっぷり時間をかけて言葉を濁した。言いながら良い言い訳を考える。

「しいて言うなら、あなたに幸せになって欲しい…」

言いきってしまってから、しまったと思った。どうしてそうなった。まるでオブラートに包めていないし言い訳にもなっていない。やばい奴だと思われてしまいそうだ。
ぽかんというような顔をしたグズマに「えっと…その…違くて、いや…あながち間違いではないんだけど」と口早に捲し立てる。しっくりくる言葉は見つからなかった。こう言う時程言葉の引き出しがあればと思う事は無い。

「まあ、要はね、あなたはあのままあそこに居ちゃだめだって思っただけ、なのよ」苦し紛れにそう呟くと、グズマは頭をがしがしとかいて難しい顔をした。「…ああそうかよ」絞り出されたような声にはどんな感情が篭っているのだろうか。
単純に居たたまれなくなった私は二つのマグカップを手に取るとおかわりを淹れに行く。
間が持てない。
あんな状況でグズマを攫ってきておいてなんだけど、私は言い訳とかその後の事とかノープランであったし、彼の事を何も知らないのだ。話なんか弾むわけも無い。ついでに言うと彼と私は初対面である。
…そう言えばまだ彼のポケモン達の事は話していなかった。
後の事は流れに身を任せれば良いし、彼の事は追々知っていけたらそれでいいか。今はもう、十分過ぎるくらい私が幸せだし、何より夜も更けてきた。あと一杯飲んだらもう寝よう…。

「ああそうだ、ポケモン達は回復させておいたわ。そこにボールがあるでしょう。あとさっき着ていた服はお風呂場に干しておくわね。…私の名前は花子よ。仲良くしましょ、グズマくん」

マグカップを手渡しながら言うと、グズマはきゅっと引き締まった顔をした。



寝る場所とかも全く考えてはいなかったため、さて消灯しようという時にひと悶着あった。私がソファーで寝るのでベッドを使ってくれと言うと、さすがに遠慮したのかオレがそこで寝るから良いと言ってそそくさとソファーに寝転んでしまったのだ。
ふむと考える素振りをしてから「じゃあ私も…」と言ってグズマにぴったり寄り添うようにソファーに寝転んだところ、顔を真っ赤にして「ああもう!」と叫んだグズマは私を抱き抱えてベッドに移動した。優しく下ろされた時はちょっとドキッとした。やばい、何この顔えっちい。

「どうせ一緒に寝るなら広い所の方がまだマシだ」

「賢明な判断だわ」




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