コウスケさんのリハビリは順調に進み、漸く退院の日が来た。
コウスケさんとミカさんと、ヒナコと名付けられた新生児の3人は揃って退院となる。
一度コウスケさんがブラックジャックと共に出かけて、そして別々の車で戻ってきた。
まだ運転が出来るまでは回復していなかったが、どうやら運転手がいたようだった。身内の人らしい。

「花子、おまえ、本当にでかしたぞ」

そう言ってブラックジャックが耳打ちしてきたので、私は何事かと思った。

「なんなのよ」

「あの旦那、相当金持ちらしいぜ・・・金に困ってないんなら、正々堂々と治療費を払ってくれるだろうな」

なるほど金の亡者め・・・。確かコウスケさんの方が五体満足で助けるなら5千万だとか言ってたな・・・。
ブラックジャックに遅れて診療所内に入ってきたコウスケさんとお付の人がミカさんと何事か話している。そして私たちのほうに向き直って「あの、」と声をかけた。
私達は佇まいを直して彼らに相対する。

「この度は本当にありがとうございました。俺たちは静かなところにでも引っ越してちょっとした事業でも始めて慎ましく暮らします。またどこかで出会えたら、その時はよろしくお願いしますね」

「本当にありがとうございました。感謝してもしきれません・・・。大事な人を二人も救ってくださって」

「いえ。医者として当然のことをしたまでですよ」

「三人とも無事でよかったわ。一時はどうなる事かと思ったけどね」

私達はそれぞれ挨拶を返すが、ピノコちゃんが一人黙っているのに気が付いた。
どうやら別れを惜しんでいる様子だ。折角仲良くなってきたところなのだ。まあ、気持ちはわからんでもないが。ピノコちゃんの気持ちも汲んで、私は静かに語りかけるように声をかけた。

「ピノコちゃん、落ち着いた頃に一緒に遊びに行こうね」

「そうだぞ。ピノコ。一先ず今回は最後なんだ。挨拶くらいしなさい」

私たちのやりとりをコウスケ夫妻が微笑ましく見守っていた。

「うん・・・絶対やかやね!」とそう叫んだピノコちゃんが「あ!」と何か思い出したように大げさな声を上げてどこかに走って行ってしまった。

「ピノコ!?」

後を追いかけようとしたブラックジャックを止めて、私は笑った。ピノコちゃんが用意していたプレゼントに気が付いているのは私だけだった。

「私たちも先生方のような家族になりたいわね」

「そうだな・・・」

「え?」

ミカさんが呟いた言葉を、私の耳は拾った。「私たちみたいな家族???」
「ねえ〜!!!」と、ドタバタとピノコちゃんが戻ってきて、私の思考はストップする。

「こえ、あかたんにあげゆの!」そう言ってピノコちゃんが差し出したのは手作りの前掛け。しかも何十枚も。作っている事は知っていたけど、そんなにあるとは・・・。

「ピノコちゃん・・・赤ちゃんの成長は早いから、全部使い終わるまでにいらなくなっちゃうかも・・・」

私のささやかな突っ込みはミカさんの「ふふふふ」という嬉しそうな笑い声にかき消されて、誰の気にも止まらなかったようだった。まあいいか。用は気持ちなわけだし。

「ありがとう。ピノコちゃん。私たちの娘も、ピノコちゃんのような心優しい子に育って欲しいわ」

前掛けを受け取ったミカさんが慈愛に満ちた笑顔で礼を言う。コウスケさんがピノコちゃんの頭を撫でながら、「本当にありがとう。大事に使うよ」と続けた。
褒められたピノコちゃんは嬉しそうに笑っていて、それを見たブラックジャックも嬉しそうだった。ブラックジャックは娘の成長を喜ぶ父親のようで、彼らを見ていると本当に血の繋がった親子のようだった。

「先生方に話しておかなければならない事があるんです」

と、コウスケさんが再度私たちのほうを向いて、そう切り出した。

「本当はもっと早く言うべきだったんですが・・・。今回のテロの原因は実は俺にありまして・・・」

なんと。事件の真相の種明かしだった。ブラックジャックは「ほう・・・」と真面目な顔をして相槌を打った。私も顔を引き締めて話を聞く体勢をとる。

「まあ、単刀直入に言いますと、今回のテロを起こしたグループの元ボスが俺なんです。愛しい人と一緒になって新しい命を授かったので、そろそろこういう事から足を洗って身を固めようと出頭したんですが、何を勘違いしたのかあいつら俺の解放だとか、敵討ちだとか言い出してしまって・・・。もうとっくに組織は解散させていたし、俺が出頭するって皆には話したんですがね」

まあ・・・人は見かけにはよらないものだ。

「ボス思いのお仲間さんたちだったわけですか」

「まあ、そうなんですけど・・・。結局のところ統率が取れてなかった俺の失態です。せめて俺達の命の恩人である先生方には出来るだけの誠意は見せたいのです」

そう言うとコウスケさんはお付の人を前に出させる。「それで、治療費の事なんですが」お付の人は大きなバッグを持っていた。

「ここに1億3千万あります・・・。俺達家族を助けていただいた治療費と謝礼です。お納めください」

「ちょっとまって」

思わず考えていた事が口に出てしまった。
え?いちおく?と?さんぜんまん?どういうことなのそれ。あまりにも破格の金額過ぎて金銭感覚が狂いそうだ。

「どうぞお二人で、お納めください」

「まあ、そりゃあ、ありがたく頂きますがね」

そう言ってバッグを受け取ったのはブラックジャックだった。中身を確認して「確かに受け取りましたぜ」と満足気に笑む。

「え、でも」と言い淀む私に、コウスケさんは笑いながら「まあ、祝儀だと思って受け取ってくださいよ」と返す。祝儀って・・・。思わずブラックジャックの顔を見ると、彼もまた不思議そうな顔で私の事を見ていた。

「では俺達はこれで。失礼しますよ。本当にお世話になりました」

「何から何までありがとうございました。このご恩は忘れません」

呆気にとられたままの私達にそう言うと、コウスケさんたちは玄関のドアを開ける。
私を外に出さない配慮なのか、そこでまた最後に振り返って深々と頭を下げるコウスケさんたち。
私達は慌てて姿勢を正して礼を返して、彼らを見送った。

そしてこの一連の事件が漸く静かに幕を閉じたのだった。





「分け前はどうするかねえ・・・」

テーブルの上に並べられた札束を眺めならがブラックジャックが呟いた。

「均等割りでしょ」

「ふざけるな」

当然のように提案した山分けをピシャリと跳ね除けるブラックジャック。「そんな面倒な事していられるか」面倒ってあんた。

「こう簡単に単純に割り切れない額ってのもなかなか面倒なものだな・・・」

「割り切れない・・・!って!」

「あ!」

そうか。祝儀ってそう言うことだったのか。



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