「花子・スプラウト。前から一度、お前とはじっくり話し合わなくてはならないと思っていた。今夜9時、我輩の部屋に来なさい」

そんなデートのお誘いがあったのは今朝の事だ。教職員テーブルで食事を取っていたら、背後から顔を寄せたスネイプに耳元で囁かれた。何かの勘違いで一瞬どきりとしたが、ポモーナおばさんに「あなたまた何かしでかしたの?」と聞かれて思い直した。そうだ、相手はスネイプだ。(不名誉ではあるが)幸い(?)心当たりはいくつかある。きっとそれについての話だろう。とりあえずこの間後頭部に命中させられた本は持っていこうと思った。もうそろそろ返してあげなきゃね。

そんなことを思いながら温室へ足を向ける。今は温室を使う授業はやっていないはずだから、今のうちに管理をしてしまおうと思ったのだ。(なんせ今夜はスネイプに時間を持っていかれるのだから、出来るうちにしておいた方がいいだろう。)
温室はポカポカと暖かくて、気を抜けば睡魔にやられてしまうと思うくらいの陽気だった。温度と湿度を確認すると、水が必要なものたちには水をやり、落ち葉などのごみを片付ける。手馴れているということもあってか、あっという間に終わってしまった。まだ時間は10時を回ったばかりである。時計を確認して、次は私の個人温室の管理をしようかなと思い立つ。私の温室には、魔法に対してとても繊細で摘み取るまでは全て手作業で栽培をしなければならない薬草がある。授業の代理も頼まれていないし、お昼までは作業に没頭できるはずだった。


トリカブトの鉢を取り落としそうになったとき、私はようやく自分がいつもとは違うということに気が付いた。そわそわと何か気になることがあるみたいに、思考回路がうまく回っていない。集中力が切れてしまったのかと思って、少し早いけど作業を切り上げて大広間へ向かう。
大広間の前のホールで、“固定式”噛み付きスリッパに靴を齧られて派手に転んだ。顔を抑えて倒れたままでいると、フレッドとジョージ・ウィーズリーが大笑いしながらスリッパを回収に来た。

「花子先生!申し訳ないけど、俺たちの新製品のモニターになってもらったよ!」

「“固定式”噛み付きスリッパの出来はバッチリさ!ささ、お手をどうぞ」

自分たちで仕掛けたくせに私に向かって手を差し出す2人に、私は「フレッドから10点、ジョージから10点減点よ!」と怒りの声をあげた。背後でグリフィンドールの得点砂時計がさらさらとグリフィンドールの減点を記録する。2人は慌てて手を引っ込めると、「おいジョージ、なんだか今日の花子先生はご機嫌斜めなようだぞ」「そうだなフレッド。ここは俺たちのいい所を見てもらわなければならないと踏んだ」とこそこそ(聞こえているけど)相談をすると、片方がスリッパを外し、もう片方が私を抱き起こした。

「あー、本当にごめんなさい。俺たち、デリカシー無いってよく言われるんだ」

「本当に大丈夫?花子先生」

抱き起こした方(たぶんフレッド)が私の額やら頬やらに手をやって、怪我がないか確かめ、スリッパを外した方(たぶんジョージ)がおもむろに私のロングスカートの裾を膝まで押し上げて、膝や脚に怪我がないか確かめた。

「な、なにをして・・・!」

思わず声をあげると、2人は「あはは、花子先生顔真っ赤だよ」と声を揃えて笑った。私はさらに顔に血が集まるのを感じた。フレッドが今度は手や腕の怪我を調べ始めて、ジョージはまだ脚を撫で回していたので完全に身動きが取れなくなってしまった。

「2人とも、私は怪我とかしてないから」

「いえいえ!私どもの所為で先生が不快な思いをしていらっしゃるのだから」

「もし怪我があれば大変です!じっくり調べておかなければ!」

「いや、大丈夫だって。早く手を離しなさい!――あっどこ触ってんの!」

「おっと、失礼。手が滑りました」

「おいフレッドずるいぞ!おっと、失礼。口が滑りました」

「もう!2人ともいい加減にしなさい!もう10点ずつ減点するわよ!」

「「それはご勘弁願いたい!」」2人はぱっと私から離れると、スリッパを持って一目散に走っていった。私は脱力してそのまま床に寝転がると、額に腕を乗せて熱を冷まそうとした。あの2人は、大人をからかって・・・!思い出さないように目を瞑って今日のお昼ご飯のことを考えようとしたら、けたたましい足音が聞こえてきたのですぐに目を開けた。早く起き上がらなければと思うより先に腕を掴まれた。

「おい、花子、どうした」

「スネイプ・・・」

「熱があるのか?・・・・・・いや、何かされたのか」

私の姿を観察して、膝までまくれ上がったままのスカートを何も言わずに下げると、スネイプは私の腕を引っ張って少々乱暴に立ち上がらせた。

「ありがとう。・・・なんでもないわ。ちょっと悪戯に引っかかっただけだから」

私が肩をすくめて言うと、スネイプはふんと鼻を鳴らしていつもの態度に戻った。「生徒の悪戯に引っかかるなど・・・君は教師としての心構えが足りないのでは?」
「では教師になる前にしっかりとその心構えとやらを勉強させていただくわ」と私は返して、そそくさと大広間に入った。


それからというものの、あの2人のおかげで少しは思考回路が回るようにはなったが、それでも何をやっても手につかづ、結局私は自分の研究室で時間をつぶすことにした。ソファに寝転んでスネイプに返す予定の『薬草のすべて』を眺めてはひたすらぼんやりとしていた。その間何回か私の部屋に誰かが訪れたようだけど、居留守を決め込んで無視をした。これで何度目になるかわからないくらい時計に目をやった私は、8時30分になったところで部屋を出ることにした。少し早いけど、いいよね。
『薬草のすべて』と、スネイプの機嫌を少しでも和らげようと用意した手土産のブランデーを持って廊下に出る。扉を開けた途端、数人の生徒が私に飛び掛ってきて、手にしたものを落とさないように気を配らなければならなくなった。

「え?なに?どうしたの?」

「どうしたのって・・・あー、声をかけてたのにぜんぜん反応がなかったから、外出しているのかもと思ってみんなで待っていたんです。なのに先生、部屋にいたんですか?」

生徒を代表してポッターがおずおずと言う。母親譲りのエメラルドグリーンの瞳は困惑に揺らいでいた。

「あの、今日フレッドとジョージがサン先生を怒らせちゃったって言ってたから・・・ええと、その、すみませんでした。僕の兄たちが失礼なことをして」

それに続いてロナウド・ウィーズリーが萎縮しきって言う。どうやら、彼らはフレッドとジョージの所為で私が部屋に閉じこもっているのだと思っていたらしい。

「そんな、2人にはむしろ感謝しているわ。たっぷり減点しちゃったけどね」そう言って2人の頭を撫でてやると、2人は安心したように笑った。それを皮切りに、周りの生徒たちがざわざわと私に話しかけてくる。

「花子先生!相談したいことがあるんです」

「先生が落ち込んでるって聞いて私心配になっちゃって」

「花子先生、授業のことでわからないところがあって・・・」

「私も!ここなんですけど教えてもらってもいいですか?」

「僕は今日出されたレポートのことで相談が・・・」

一気に言われて、私はうまく聞き取ることが出来なかった。一人一人の生徒のネクタイを見れば、赤・黄・青・緑とそろっており、ちょっとくすぐったい気持ちになった。私は自分に引っ付いている生徒を優しく引き剥がすと、「ごめんね、今日はちょっとあまり時間がないの。明日でよかったら順番に相談に乗るわ」と微笑んだ。


「スネイプ?私だけど」

地下牢の部屋の扉をノックして声をかけると、扉が開いて「入れ」という地を這うような声が聞こえた。若干冷たい汗を背中に感じながら部屋に入ると、扉が一人でに閉じて暗闇に取り残された。しばらく目を閉じたり開いたりしていると、ようやく目が慣れてきた。この部屋は私が思っていたよりも暗くは無かったようだった。
スネイプは杖を向けてロウソクに明かりをともすと、私をソファに座るように促した。

「あー、スネイプ、これ、貰ったのだけど1人じゃ飲みきれないから持ってきた」

スネイプが隣に座ったのを確認してからブランデーをローテーブルに置くと、スネイプは少し嬉しそうに、でも皮肉を交えながら言った。「ほう、このようなものでも1人で飲みきれないとは・・・しかし、ありがたく頂こう」そして紅茶の用意をしだしたスネイプを見て私は思った。どうやら思ったよりも機嫌はよかったらしい。

「それとね、これ、この間の本も持ってきたよ」

スネイプが紅茶を注いだティーカップをこちらに押しやったのを見届けてから、私は本を差し出した。
スネイプはそれを受け取って確認をする。その本には最初から付箋が挟まれており、スネイプはきっとこのページの事をききたかったに違いないと予測した私はその薬草についてまとめた羊皮紙を挟んでおいたのだ。

「いつ返しにくるのかと思えば・・・!!我輩がどれだけ待ちわびたと思ってる」「君のせいで何日研究が遅れた事か!それにわざわざ我輩の方から声をかけてやらなければ本さえ返しに来れぬなど・・・!」開いたままの本を握り締めてわなわなと吐き捨てるスネイプ。本にはさんだ羊皮紙は床に落ち、ページにはクシャリと皺がよって今にも破れてしまいそうだ。

「落ち着いてスネイプ!本がかわいそうなことになってる、きっとここにマダム・ピンスがいたら卒倒するわ!」

私は慌ててスネイプの両手を包み込んで本を奪還する。思いの外するりと外れた手は握りこぶしを作ってスネイプの膝の上に置かれた。私は本と床に落ちた羊皮紙をローテーブルに置いて、自分が持ってきたブランデーをスネイプの紅茶に注ぐ。強いアルコールの匂いが鼻をついた。

「ほら、これ飲んで落ち着いて?ね?」

スネイプの握り拳を開かせ、ティーカップを握らせると、スネイプはゆっくり紅茶に口をつけた。そして長く息を吐く。私も紅茶を飲んで溜息をついた。ぐずる子供をあやす母親の気分ってこんな感じなのかな。
一度で紅茶を飲み干してしまったスネイプは、グラスを呼び寄せると今度は自分でブランデーを注いだ。

「飲め」

そしてそれは私の分も用意してあった。「こんな事になるならチョコレートでも用意しておけば良かったわ」とぼやくと、スネイプは少しためらった様子を見せながらチョコレートやナッツといったおつまみを出してきた。「今日は元から飲むつもりだった」という言葉を聞いて、スネイプがためらっていたのではないのだと知った。

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