この日の夜。クチナシは随分と遅い時間に帰ってきた。

「おかえりなさい。今日は忙しそうでしたね?」

「ただいま。いや・・・ただ見回りをして終わっただけだよ。スカル団の奴らも何か企んでるんだか、最近はめっきり大人しくなった」

コーヒーはいるかと問いかけると、貰うよと短く返された。コーヒーの準備をしている間にクチナシは地下に下りてシャワーでも浴びるようだ。暫く帰ってこなかったので、私はなるべくゆっくりとコーヒーをドリップした。
程なくして寝巻きに着替えたクチナシが肩にタオルをかけて戻ってきた。タイミングよくコーヒーを入れ終わった私は、クチナシが座ったソファの前にカップを置く。それを一口飲んでから、クチナシは振り返って腕を伸ばし、事務机から業務日誌とペンをとってテーブルに置く。

ペラペラとページを捲って、簡単に今日の業務内容を書き上げる手を眺めていたら、急にその手がぴたりと止まった。
疑問に思ってクチナシの顔を見上げると、バッチリと目が合った。

「花子・・・隣に座れや・・・」

ぽんぽんといつもの気だるげな様子で自分の隣を叩くクチナシに、私は反論の言葉を持ち合わせておらず、素直にその言葉に従って隣に腰を下ろした。

「花子。お前さんは良く働いてくれている。おれの生活も随分と楽になったし、ニャースたちも随分お前さんに懐いている。・・・どうだ。元の仕事になんて戻らずにここでずっと働く気はねえか」

「・・・は、」

一瞬何を言われたか分からず、情けの無い声を漏らしてしまった。

「前のアパートを引き払って、ここに住めば良い。日当は変わらずでどうだ」

ちょっと待って欲しい。そんなどんどん話を進めていかれても、私の頭は状況についていけない。
このまま、ずっと?ここにいろと?
それは、なんて言うか、・・・。

「・・・願っても無いことだけれど、・・・」

ぽつりと考えが口を付いて出てしまった。

「なんだ。何か問題でもあんのか?」

「い、いえ、え!?えっと・・・あの、その」

正直クチナシには私の存在なんて必要ないと思うのだ。この生活は私にとって楽しいものであったし、長い間一人暮らしを続けていて友達と呼べる人もあまりいない中で、クチナシという人とめぐり合えて、一緒に暮らしていく中で、何かが芽生えない筈も無かった。今まで嘘だ、気のせいだ、と誤魔化してきていた感情ではあったが、こういった機会に直面してしまった場合、そんな嘘で塗り固めた誤魔化しは通用しない。私は顔が熱くなるのを感じながら「でも」と口を開く。

「でも、クチナシさんは私なんか必要ないのでは・・・?今までそれで普通に生活出来ていたわけですし」

「それが必要なんだ・・・これが」

ペンをテーブルに置いたクチナシは、私の方に体を向けて頭をがしがしとかき混ぜた。これはこの人が困っている時にする仕草だ。

「おれもまだまだ若いって事だな・・・花子が欲しくて欲しくてたまんねえんだわ・・・」

私は絶句した。は、はあ・・・それってなんだか告白だね???

「花子に触れたい、キスだってその先だってしたい、ずっと目の届くところに居て欲しい。・・・ただのおじさんのわがままなんだろうが」

すっと目を伏せたクチナシの顔を見て、うわあ、本気だこの人、と察した私が取った行動はたった一つだった。
それは必然だったのかもしれない。頭で考えるよりも先に体が動いていた。
彼の両頬に手を添えて、はっと目を見開いた彼が「何を」と口を開きかけたのを、言葉ごと飲み込むように、私はクチナシに口付けをしていたのだった。


.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -