ハーベスト | ナノ



春が来て、夏が来る。そんな当然な事がわからなくなるぐらい俺の頭はイカレていた。

なんだよ。つい昨日まであんなにポカポカしていて、うたた寝ぶっこいていた俺にじいさんが罵声を浴びせるのが普通だったのに。
今日はうたた寝どころじゃないぐらいクソ暑い。
おまけに鍛冶屋の夏ときたら説明したくないぐらい暑くて。横で澄ました顔で作業をしてるじいさんを見るとある意味尊敬してしまう。

「グレイ、完成したマヨネーズメーカーを届けてこい」

「またリックのとこかよ…。この前整備したばかりじゃねぇか」

毎年恒例の夏の養鶏場を思い出すだけでため息がでる。

ポプリにカイについて聞かれたり、延々とカイ話を語られたり、(いくらカイと仲がよくても所詮野郎の話なんか聞きたくもない)その後ときたら更に地獄で、何故かリックにやたらと説教される。(カイにポプリをあわせるなだとかなんとか)

そういえば、今年もカイがきた頃だ。既にクレアさんにちょっかいだしてそうで気掛かりでたまらない。

「聞いとるのか!?早く持ってけ」

「はいはい、わかりましたよ」

どっこいしょと重い体を持ち上げて、目の前のマヨネーズメーカーを掴む。
出来ればポプリとリックが不在の事を祈って、俺は灼熱の太陽の真下に出るために鍛治屋のドアをしぶしぶ開けるのだった。

「クレアさんによろしくな」

「は?なんでクレアさん?」

「…聞いてなかったのか!?バカモン!それはクレアさんの依頼品じゃ!」

じいさんが小言を言い出したが、今の俺の頭には届かない。
急に軽くなった体に、マヨネーズメーカーを乗せた荷台を転がして、夏の暑さが身に染みる外へと飛び出していたからだ。

クレアさんと会う口実が出来てしまうなんて、俺の日頃の行いがいいからだろう。(絶対そうに決まっている!!)

軽く鼻唄混じりのご機嫌な俺。気が付いたら牧場に足を踏み入れていて、目はもちろん彼女を探していた。
しかし、お目当ての彼女はいない。一応家の戸を遠慮がちに叩いてみたけど、反応無し。

留守なのだろうか…

再び重くなった体を地面に落として、ふかーいため息をつき帽子を脱ぐ。夏は蒸れるから嫌なんだけど、これがないと日焼けはするわ、クレアさんを直視できないわで何かと問題がでてくる。流れ落ちる汗を首に巻いたタオルで拭い、帽子を浅く被ると、いつの間にか隣にクレアさんの愛犬が座っていた。
こう見えても動物は好きな方で、撫でてくれと言わんばかりの顔で近付かれたら期待通りに頭をわしゃわしゃと撫で回さずにはいられない。ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやると、愛くるしく尻尾を振り出した。一見、野良犬って言っても過言じゃないくらいなんの変哲もない犬なんだけど、触ってみると意外と毛並みがいい。やっぱクレアさんの飼い犬だもんな、当たり前だ。

「いいよな、お前クレアさんと毎日一緒だもんな。羨ましいよ」

「何が羨ましいの?」

犬に話し掛けていたはずなのに、何故か背後から声が聞こえる。
びっくりして後ろを振り向くと、暑さのせいかほんのり頬を染めた(色っぽい)クレアさんが立っていた。
犬から手を離し、勢いよく立ち上がり帽子のつばをさげどうもと挨拶を交わす。やばい、今の話し聞かれたか?
ちょっとドキドキしていたが、どうやら最後の部分しか聞いてなかったようで、彼女はそれ以上突っ込もうとはしなかった。

相変わらず綺麗なクレアさんは明るい笑顔で挨拶を返したあと、隣にあったマヨネーズメーカに気付く。目をキラキラと輝かせ、感嘆の声を漏らして喜んでくれるところを見ると、じいさんいい仕事してるなと無償に関心してしまった。

俺も早く一人前になろう。そう自分に喝をいれ、夏だというのに熱苦しくも一人燃え始めていた。

「これ鶏小屋に運んでくれる?」

「と、鶏!?」

そうだった…。鶏は卵産むんだよな…。そしてそれがマヨネーズになるんだから当たり前じゃんなあ!
浮かれていたのから一転。鶏のあの鋭いくちばしときっつーい目つきを思い出す。

顔から血の気が去るのを感じた。

しかし、目の前のクレアさんは嬉しそうに鶏小屋へと向かっている。彼女の期待を裏切っちゃいけない。
ごくりと生唾を飲み込み、意を決して一歩、また一歩と俺は足を踏み出した。

「あそこに置いてくれる?」

やっとの思いでたどり着いた先には、更なる難関が待ち受けていた。
コケコケと鳴く鶏の声が嫌に耳障りで、見たこともない俺の顔を明らかに睨んでいる。(ように見える)
笑顔でクレアさんが指定した場所は、この鶏小屋の最深部。

ラスボスへ挑む前のRPGの主人公の気持ちがなんだかわかった気がした。

ゆっくりとマヨネーズメーカーを転がし、鶏に最善の注意を測って奥へ進む。
卵は旨いんだけどな。
横目でチラリと鶏をみると、ばっちりとあの鋭い目とぶつかった。

ひぇ〜…

変な汗ですでに俺の背中はぐっちょりと濡れてて。
あと少しだと言うのに体がなかなか動かない。

「どうしたの?グレイ君」

心配して駆け寄ってくれたクレアさんに、明らかに大丈夫そうじゃない顔を見せて「何でもないよ」と平然を装おうとする。
ふぅと息を付き再び歩みだし、無事目的地についたときは安心感で涙が出そうだった。

マヨネーズメーカーを設置して、この地獄から抜け出したくて、出口へ向かう。今度は奴らと目を合わせないように。そう心掛け、出口に立っているクレアさんだけを視界にいれて俺は出口まで後一歩のところまで来たのだ。

そう。後一歩だった。

急に足にチクリと痛みが走る。思わず声を上げて足元を見れば、奴と目があったのだ。
涙目の俺に容赦なく鋭い嘴で足を突き刺し俺を更に追い詰める。

「グ、グレイ君!大丈夫!?」

「クレアさんっ…」

耳元でクレアさんの声が聞こえた。
ああ、なんて落ち着く声なんだろう。
気づけば足にもう痛みはない。憎い鶏も俺には飽きてどこかに行ったようだ。

ほっとして目の前をみると鶏小屋のドア。
そして手には何故かサラサラした金髪。

少し体を引けば顔を真っ赤に染め上げたクレアさんと目が合った。

「お、おお、おれ…っ」

カッと顔が汗を吹き出すくらい熱くなる。
そして慌てふためいた俺は何故かその場から逃走した。

うわー!!何やってんだ俺ー!!
鶏にビビって抱き着いた挙げ句、謝りもせずに逃走だなんて。格好悪い上に最低じゃないか!

クレアさんの温もりが、匂いが、声が。妙に生々しく鮮明に残っていて、罪悪感と共に幸福感が責め上がって来る。
しかも鶏も悪いもんじゃないかもなあとか思ってる俺は、やっぱり最低なのかもしれない。


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