「ねぇ、俺寒いんだけど」
柵越しに聞こえた声は少し不機嫌そうに聞こえた。
それもそのはず。
この真冬の寒いなか、おまけに夜、馬鹿みたいにつったってるだけなのだから。そんなピートに悪いなとは思いながら、この温かい温泉から抜け出せなくなった私がいる。
昨日までは、別に一人一人交代で裏山に行っていたんだけど、その昨夜。
偶然にも山からおりてきた飢えた野犬に遭遇してしまったのだ。
そして完全無防備な私は勿論道具などを持ち歩いてるはずもなく。対抗する術がなくただ逃げるだけ。恐怖と寒さで足が動かず、おもいっきりこけたところでピートが騒がしい音に気付いて助けてくれたんだけど、それから夜が怖くなった。
だから無理を言ってピートに今日はついてきてもらったんだ。
それにしてもこんな寒い日に外に出させたまんまは酷いかもしれないなあ。ひそかに反省しながらぶくぶくと鼻ぐらいまで温泉に浸かる。
「無理!!マジ寒い!」
ふと、そう声が響く。
なんで!?しかも声が近い。
疑問に思った私は温泉の入口に目を向けた。
するとそこには震えるピートの姿。
しかものうのうと湯に浸かろうとしている所で。思わず桶を手にとり力任せにぶん投げる。みごとそれは奴の顔にクリーンヒットし、真っ赤な鼻を更に真っ赤にして、目に涙を浮かべこちらを睨んできた。
「何考えてんのよ!変態!!」
体に巻いたタオルを必死に胸元で押さえ、こちらもキッと睨み返す。
ピートは少なからず変態と言う単語に傷付いたのか、ショックを表にしていた。
「あのな!あんな寒い中待たされたら凍死すんにきまってんだろ!?」
「大袈裟よ!それに、だからって入って来るなんて…」
「それに、お前だって俺が浸かってる間外で待っとくんだろ?寒い思いすんなら一緒に入って一緒にでたがいいんじゃない?」
それに混浴禁止なんて決まりはないしね、と付け加え、ニッと笑うピート。
全く正当な事を言われてしまって、何も言えずに黙り込んでしまう。
…たしかに私も外で待つなんて嫌だもん。
「ねぇ、入っていい?」
「…………いいけど、帽子脱いで」
「いっけね、つい癖で!」
そう言ってピートはバタバタと帽子を脱衣所に置きに行く。どんな癖だよと心の中で突っ込みながら、どうして一緒に入ることを許してしまったのだろうと自分に疑問を抱いた。
彼氏でもない男と。
でも、それを言い出したら一つ屋根の下で一緒に暮らしてるっていう事に既に問題があるんじゃないかとか、もう上げたらきりがない。
こっちに駆けて来るピートを見つめながら、そんな事を思っていた。
「あ〜暖かい…」
生き返るだとかちょっと親父臭い事を言いながらピートは幸せそうな顔をする。ちょっと距離を置いてちらりと横目で見たピートの体。
服着てるから分かんなかったけど、程よい筋肉がついていて随分男らしく感じる。私もこれでも筋肉とかついて引き締まったはずなんだけどな…。
男の腕に比べたら随分貧相な自分の腕に、つい苦笑いが漏れた。
「やっぱ家にも風呂ほしいよなぁ…」
「そうね…。近いうちにゴッツさんに頼みに行こうか?」
「それがいいよな!ずっと欲しいなとは思ってたんだけど、牧場でかくする方が優先だったじゃん?だからクレアに相談するタイミングが見つからなくてさ」
牧場の話となると彼は止まらない。
きっと、私以上にピートの牧場への思いは大きい。
さっきまであんなに一緒に入ることを躊躇ってたのに、いつのまにか彼のペースに完全にはまってて。いつも通り、牧場の話しで盛り上がってしまう。
不意に見せる子供みたいな笑顔とか、楽しそうに話す姿に不本意ながらも頬が赤くなるのを感じて。これは逆上せかけてるからだとか、必死に言い訳したりして。
「クレア?」
いつの間にかぼーっとしてたみたいで、ピートに名前を呼ばれて我に返る。
ばっちり合った瞳に驚き固まりながら、大丈夫?と問われ頷くしかなかった。
「クレアさ、牧場好き?」
急にそう声をかけてきたピートは妙に真剣な顔で。問われた私もつい強張ってしまう。
「好き」
たった一言。
まるで流れるように口から飛び出た言葉。
「牧場、ずっと続けたい?」
「続けたい」
まるでオウム返しのように流れ出る言葉をピートに伝えた。
なんで今更とは何故かこの時は思わなかった。
私の答えに満足げに「そっか」とはにかんだピートに、私も満足していたのかもしれない。
「……じゃあ、俺先上がるから!」
少しの沈黙の後慌ただしくピートは脱衣所へ向かった。あまりにも慌てていたようで途中滑って転びかけていたのを見て、思わず小さく吹き出してしまう。
その時、ふと冷たいものが鼻の頭に触れた。
見上げれば雪がちらほら降り始めていて、赤くなった私の顔を冷やしていく。
私も早く上がろう。ピートが脱衣所から出た音を確認して、滑らないように気をつけながら私は脱衣所へと向かった。
「本格的に降り始めたね」
「せっかくあったまったのが台なしだな」
くしゃみをしながらピートは寒そうにマフラーを巻き付けていた。
あったまった後だから余計に寒さが身に染みる。
少し小走りで階段を下りるピートを追っかけて、私も手を摩りながら階段を下りた。
すると急にピートが立ち止まる。
直ぐ後ろを付いていた私は軽くその背中に顔をぶつけてしまった。
「どうしたの急に!?」
「その…」
驚いた私にピートは目線を逸らしたまま咳ばらいを一つ。そして左手は何かよこせとでも言うような仕草で動かしていた。
それでも訳が解らない私にピートは痺れを切らしたのか、あーもう!とじれったそうに言いながら私の右手を掴む。
「こうした方が絶対暖かいから!」
そういってピートはゆっくり歩き出す。手を引いて、私もついていける歩幅で。
「うん、そだね」
ピートの手は大きくて温かかった。冷えた私の手はすっぽりと包まれて温かさを帯びていく。
「俺もさ、牧場続けたいよ。クレアと一緒に作り上げた牧場だから」
そうピートは微笑みながら言った。それにつられて私も微笑む。
何だか、心も暖かく感じた。
マイナーすぎるw
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