ハーベスト | ナノ



「先生!私もう元気過ぎて頭おかしくなりそうです!」

「そうか。では大人しく眠ってもらおうか」

「先生!いや、ドクター様!ですが私このまま寝てると死ぬかも知れません」

「安心しなさい。死なせはしないよ」

同じような会話をもう何度繰り返しただろうか。
作ったような笑顔を浮かべるクレアと、ピクリとも動かない相変わらずの無表情でそれを受け流すドクターとの静かな闘いはかれこれもう2時間に及んでいた。

時刻は既に診察時間を越えていて、受付にいたエリィも帰宅の準備にかかっている。明日が休診日だからだろうか。エリィは休憩時間に雑貨屋に寄り何やら食材を大量に買い込んだようだ。
大きな紙袋を持つとちらりと診察室に顔をだす。
まだ言い争っていたのかと、呆れながらもエリィはベッドに寝込んでいるクレアに視線を送る。エリィの視線に気づいた彼女は作っていた笑顔を遂に崩し、まるで泣き付くかのように顔を歪ませた。

「エリィ〜!助けてよ!ドクターったら頑固なの!私こんなに元気なのに!!」

「頑固なのはどちらだい?」

クレアの言葉に静かに反抗の言葉を呟き、ドクターは視線をエリィに向けた。
向けられた視線に体を軽く震わせ、エリィは困ったように笑みを浮かべ肩をすぼめる。そんな仕種を可愛いなと思いながらも、クレアは早く助けてくれと言わんばかりに縋るような視線を彼女にぶつけた。

「すまないね、荷物多いのに送ってあげられなくて」

今ここを空けたら確実にクレア君は逃げ出すだろうからね。そう付け足してドクターはクレアに鋭い視線を飛ばす。
そんなドクターにたじろぎ、尚且つエリィの視線を気にしてクレアは嫌な汗が流れるのを感じずには入られなかった。

しかし彼女の心配は無用のようだ。エリィは白衣の天使の名前通り神々しい微笑みを零したのだ。

「大丈夫です。先生!そんなことより、クレアさんをしっかり見張ってて下さいね」

お大事に。クレアさん。最後にそう言葉を残してエリィはその場を後にする。
先程の笑みは幻想だったのか!?そんなことを思いながら、クレアはひしひしと見捨てられたのを実感した。

静まり返った病院。
ベッドで頬を膨らまして明らかに不機嫌さを滲み出しているクレアを見て、ドクターは困ったように眉を下げた。

そっと彼女の側に寄ると、まるで子供のようにふい、と視線を外すクレア。
そんな彼女を微笑ましく思いながら、ドクターはクレアの髪に手を伸ばす。急に頭に体温が伝わり、思わずピクリと動いたクレアはようやくドクターに目を向けたのだった。

「君の気持ちはよく分かるよ。君は牧場主だ。心配なんだろう」

「…だったら!」

嬉しそうに身を乗り出したクレアだったが、途端眩暈がして再びベッドに倒れ込む。
強がっていても身体は正直のようだ。相当堪えているのだろう。
「わかっただろう?」ドクターは優しく、そしてどこか厳しくクレアに言い聞かせた。

「君は今体力の消耗も激しいし、かなりの疲労が溜まっている。相当無茶をしたのは自分でわかっているね?」

「……」

「ならば一刻も早く身体を治して、再び仕事をこなすことが先決じゃないのか」

勿論無理をせずね、とドクターは髪を梳くように撫でながら言い聞かせた。ドクターのその行為に、自然とクレアも落ち着きを取り戻しているようで、悲しそうな顔をして目を伏せていた。
ドクターはふと微笑んだ。
初めて見るそれにクレアは思わず目を見張る。

「安心しなさい。今日の牧場の事はムギさんに頼んでおいた」

「ムギさんに…?」

「ああ。快く引き受けてくれたよ。メイちゃんも張り切ってた。それにリックに、暇を持て余していたグレイも帰り道に会ったから声かけといたよ」

「ドクター、いつの間に…」

「クレア君が落ち着いて眠っていたとき少しね」

嬉しかった。皆が自分を助けてくれたのだと。それにしっかりと心配を取り除くために手配をしてくれたドクターに。

ほっとしたら体が軽くなったように感じた。こんなにも体が強張っていたのかと初めて気付いた。
確かに今の自分じゃ牧場の仕事なんてできたもんじゃない。そんなの倒れる前から分かっていたことなのに…。

「ドクター。ありがとう」

「礼を言う前にしっかり体を休めること」

「はーい」

急に素直になったクレアにドクターは目を細め立ち上がる。
自然と自分の頭から離れた暖かい掌。ふとそれを目で追っていたら、何故か今度は手を伸ばしたくなった。

ふいに捕まれた腕。驚いて振り返れば、自分の手を握っているクレアと目が合う。

「……」

二人の間に少しの沈黙が流れた。
今だ捕らえられている自分の手が妙に熱い。

しばしドクターを呆然と見つめていたクレアだったが、ふと視線を掴んでいる手に落としてようやく自分のしていることに気付いたようだ。じわりと顔を染め上げながらクレアはようやくドクターの手を解放した。

「食事を作って来るよ」

「あ…えと、その…はい」

「すぐに戻って来るから」

そう言ってドクターは二階へと上がっていった。

一瞬見えたドクターの顔は見間違いかもしれないが僅かに口角が吊り上がっていたように見えた。

それに、最後の言葉。

明らかに寂しがっているように捉えたのだろう。顔に更に熱が集中するのを感じる。
そもそもどうしてあんな行動に出たのだろうか。

胸に今の自分じゃ到底解決出来るはずのない疑問を抱きながら、クレアは勢いよく布団を頭から被った。





なにこのエセドクター


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