ハーベスト | ナノ



まだまだだけど漸く師匠にも認められて、道具も一人で作らせてもらえる様になった。
本当に此処まで長かった。ワインを飲み干しながら、いろんな事があったなぁとしみじみ思い出に浸る。

「これもクレアさんのおかげだよ。彼女がずっと俺の心の支えだったからここまで頑張ってきたんだ」

「そうだね。それはみんな知ってるよ。だから覚悟、決めたんだろ?」

クリフの問いに、俺は大きく頷いて見せる。
そうなのだ。今日ついに俺は覚悟を決めたんだ。

ニコニコと笑顔で俺のグラスにワインを注ぐクリフ。今日はクリフも優しいな。
そう思いながら、俺は懐から覚悟の証を取り出して奴に見せつけるかのようにテーブルの上に置く。

「へぇ〜本物私も初めて見た」

「僕もだよ。綺麗なモンだね」

俺の出したソレに食いついてきたクリフとランに、何故か誇らしげになる。
これ買うのすっごく恥ずかしかったんだからな!!カレンに散々冷やかされた事を思い出し、再び汗が吹き出しそうになった。

「で?いつ渡すの?」

仕事を放っぽり出し、ランは興味深げに聞いてきた。女って本当こう言う話好きだよな。カレンも同じ事聞いてきたが、相手の威圧感の違いかあの時のように不思議と嫌な気はしない。

「ま、まだ決めてない……」

「でたよ、ヘタレ」

そう言ってクリフはフンっと鼻で笑い飛ばした。悪かったなヘタレで!!
でもそのヘタレが此処まで決意したんだ。是非ともそこの努力を汲んで欲しいもんだ。不貞腐れた俺はクリフに注がれたワインを口にする。

「わぁ……綺麗な羽ね!」

「ゴホッ……!!!!」

「ク、クレアさん……!」

なんというタイミングで現れてくれたんだ。
脳裏に浮かぶのは「終了」の文字。
飲んでいたワインが気管に入って俺は激しくむせかえる。

慌てた様子のランとは対照的に、クリフは物凄く楽しそうに笑っていた。
コイツ人の気も知らないで!!
思わず浮かび上がってくる涙。これは決してむせたのが辛かっただけじゃない。

「この羽グレイ君の?凄く綺麗ね」

「………」

「だよね。凄く綺麗だね」

唖然として何も言えなくなった俺の代わりに、クリフは相変わらず憎たらしい笑みを浮かべたままクレアさんにそう返す。
頼むからこれ以上煽らないでくれ。渡す前に見られた俺の気持ちはもう既にズタズタだった。

「ああ、そうそう。グレイが話あるみたいだよ」

「私に?」

「ちょっと待てクリフッ!!」

そして更に追い討ちを掛けるクリフに本当に泣き出してしまいそうになった。
なんという事だ。もうこの羽を見られた時点で俺の気持ちはヘシ折られたと言うのに、この状況でまだ何か起こせとこいつは言うのか?余りの鬼畜っぷりに軽く身震いさえしてきた。

ああ、目の前には何も知らないクレアさんがニコニコと俺の話を待っている。
いつも癒されているこの笑顔を見るのが今は非常に辛かった。

「ほら、グレイ」

勝手に話を振っておきながら、クリフは俺を肘で小突く。何てやつだ本当。そして何時まで楽しそうに笑ってるんだこいつ……。
青く輝く羽を手に、恐る恐るクレアさんと向き合ってコホンと咳払いを零す。さっき噎せ返ったからか、それとも緊張からなのか、やけに喉の調子が悪かった。

「その……この羽実は……クレアさんに渡そうって思ってたんだ」

「私に?いいのこんな綺麗な羽貰っても。わぁ……嬉しい!!グレイ君ありがとう」

「えぇ!?」

思わず緩んだ手から舞い落ちた羽を、クレアさんが慌ててキャッチしたことにより、文字通り彼女に羽が受け取られる。
また、呆気に取られたのは俺だけじゃなかったようで、目の前のクリフにラン。そしてカウンターでグラスを磨いてた筈のダッドも驚いたらしく、ガシャンと派手にグラスが割れた音がした。

「ク、クレアさん!?本当にいいの!?」

「ん?何が?」

あれ?みんなどうしたの?と漸くこの状況に違和感を覚えたのか、クレアさんは不思議そうに小首を傾げる。
クレアさん以外は呆気に取られていて、何も答える事が出来なかった。

「あ、あのね、クレアさん」

「なあに」

「この羽の意味……知ってる?」

恐る恐るそう尋ねたのはランだった。
そうか!クレアさんはもともとこの町の人じゃ無いから知らないんだ。
悲しいが納得だ。だからあんなアッサリ受け取ってくれたんだあの青い羽を。

キョトンとしたクレアさんに盛大なため息を漏らす俺。ああ……プロポーズは台無しだわ、ぬか喜びしちゃうわで最悪だ。本当に散々な1日になってしまった。

「ねぇ、何か意味あるの?この羽」

「いや、いいんだ。特に意味は、」

「結婚して欲しい相手に渡すんだよその羽。その羽を受け取るって事はつまり結婚を承諾したって事になるんだよ」

「ちょっと待てクリフッ!!!」

やりやがった……やってくれたコイツ!!
折角俺が言葉を濁したっていうのに、クリフはアッサリ青い羽の持つ意味をクレアさんに説明してしまったのだ。
このまま消えて無くなりたい。できる事なら羽をクレアさんに見られる数分前に戻して欲しい。完全終了を確信した俺は、只々その場で項垂れることしか出来なかった。

「そうなの?知らなかったわ」

「ははは、そうだよね」

「うん。でも受け取っちゃったし、しましょう結婚」

「ははは、そうだね」

え……今なんて言った?
文字通り固まった俺の目には、いつも通り優しい笑顔のクレアさんが映る。はは、おかしいな、ついに幻聴まで聞こえてきたか?
取り敢えず落ち着こう。再びワインを口にしてふうと息を吐いてみる。ダメだった。ちっとも落ち着かなかった。
煩い心臓の音に苛立ちながらも、必死で笑顔を作り試しに首を傾げてみる。

「ク、クレアさん?あ、あ、あの…。今なんて?」

心の準備も出来てないのに、俺の気持ちをランが代弁した。咄嗟に耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、そこはグッと我慢する。
クレアさんの口が開くのが怖かった。なのに目線はクレアさんから離せなくて、心臓が更に高鳴る。

「だから、結婚しましょう?グレイ君」

「えええぇ!?」

やっぱり聞き間違いじゃない!
嬉しさよりまだ信じられない気持ちの方が大きかった。それは皆も同じだったようで、各々が驚きの声を漏らしている。

「本当にいいの?クレアさん」

こんなヤツで、と付け加え尋ねたクリフに、失礼なという言葉が浮かぶ。
――が俺がクリフでもそう思うや。隣でうんうんと頷き、野次馬のごとく彼女の返事を待つのに徹する情けない俺。

「もちろん。女に二言はないわよ」

ニコリと微笑んだ彼女は、女神の笑顔と裏腹にやけに勇ましいセリフを間違いなく言い放った。
キャーという黄色い悲鳴や、野太い声のヤジ、俺の肩に回される誰のかわからない腕。各々が盛り上がり、俺達の事を祝福している。

当の本人(俺)はというと、ポカンと口を開けこの状況を受け止めきれていない。
全く実感がわかないのだ。そりゃそうだ。
こんな成り行きじゃ俺の思いは彼女に何も伝わっていない。これでいいのか?グレイ。ずっとずっと憧れて、大好きで、感謝していて、それでもって大好きで……そんな想いを伝えるんじゃなかったのか?グレイ。

そう自分を鼓舞し、俺はようやく我に返り――彼女の持っている羽を取り上げた。

「ちょ、グレイ!せっかく受け取ってくれたのに」

気でも狂ったのかと言わんばかりのクリフの声を無視し、不安げな表情を浮かべたクレアさんをただじっと見つめる。
異様な雰囲気を察したのか、周りは俺ら二人から少し距離をおいて取り囲むように散らばった。
おかげで邪魔者はいなくなった。先程とは打って変わってシン……としたこの場が、より一層俺の緊張感を煽る。

「クレアさん」

「は……はい」

揺れる彼女の瞳をみつめ、生唾を飲む。

「初めて……クレアさんは覚えてないかもしれないけど、初めて会ったときから可愛いなって気になってたんだ」

もっと簡潔にまとめようとしたのに、初っ端から話してしまった……!
しまったと思ったが、微笑んだクレアさんが優しく頷いていて、思わず続けたくなってしまった。

「面白くもない俺の話を黙って聞いてくれたり、笑ってくれたり……時には叱咤してくれて。いつの間にか可愛いだけじゃなく、なくてはならない大切な人になってたんだ」

「グレイくん……」

クサイかもしれない。
でも体は自然と跪いて、彼女の手をとる。
そう、これが俺が思い描いていた光景。俺の手概要に震えるのは想定外だけども、もうそれは止まらない。

「ずっとこれからも、俺のそばに居て下さい」

「……」

「好きです。結婚してください、クレアさん」

相変わらず静まり返ったこのいたたまれない空間。
高鳴る自分の鼓動だけがドクドクと耳障りで仕方ない。
いっそここで殺してくれとさえ思った。

「グレイ君」

「は、はい!」

答える声が思わず裏返る。
やべっ、と彼女をじっと見つめたら、クレアさんはこれまでみた事ない表情で……

「不束者ですが……よろしくお願い致します」

俺に負けないくらい茹で蛸のように真っ赤にしてそう呟いた。

「へ?」

今日何度目だろうか?この感情を抱いたのは。
それぐらい、今の状況が夢のようだった。

周りは再び俺らの周りに集まって、もてはやして、ぐちゃぐちゃにされて。
あ、やべ、羽渡してないと振り向けば、クレアさんがすぐ側にいる。
ドキッとまた高鳴る胸。近く艶かしい彼女の唇。

「私も、初めて会った時からかっこいいなって思ってたの」

俺にしか聞こえない声で、小さな小さな声で彼女は囁いた。


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