ハーベスト | ナノ



今日のおやつは何にしようか。自分以外誰もいない教会でカーターはボンヤリと考えた。

悩める子羊ことクリフも職を見つけ、随分暇になったものだ。
懺悔室を開けてても、気付いたら寝入っている事もしばしば。ここ最近の主な仕事はユウとメイの遊び相手くらいで、すっかり神父業もご無沙汰だ。いっその事誰か結婚しないかな。結局結論はいつしかそこに行き着く。

「わっ!」

「わわっ!!」

突然大きな声を掛けられて、カーターは思わずバランスを崩した。なんとか主祭壇にしがみ付き、尻餅は間逃れる。
ふう……という安堵の息とは裏腹に、驚かした張本人は嬉しそうに声を上げて笑っていた。全く、教会で大爆笑するなんて罰当たりな。そんな事を思いながら、カーターは姿勢を正し、笑いが止まらない人物を見てムッとする。

「笑い過ぎですよクレアさん」

「うふふ。ごめんなさい。ふふ……だってそんなに驚いたカーターさん初めて見たんだもの」

咎められた事により、必死で声を抑えるよう努めているがそれでも尚クレアは笑い続けた。
全く。ここに来る子供たちより余程子供らしい。少しムクれたカーターだったが、何かピンと来たようで、いつもの笑顔を取り戻しクレアに再び声をかける。

「結婚しませんか?」

「へっ!?」

今度はクレアが驚く番だった。
彼の言葉にカッと熱くなる顔と胸。
なんて事を言い出すんだこの男は。高鳴る鼓動がやけに響いて聞こえる。
何か言い返さなくてはと焦るが、生憎クレアの頭には何も言葉が浮かんでこない。

「そ、そ、そんな……いきなり結婚だなんて……」

戸惑いの感情が溢れ出し、クレアは恥ずかしそうに頬に手を当てた。触ってなお自覚する熱。ああ、実はこんなに乙女だったのか自分は、とクレアは少し落胆した。

いろいろと悔しくなり、チラリとカーターを見る。相変わらずいつもの余裕の笑みで表情をちっとも崩さない彼に、彼女の悔しさは一層増した。

「嫌ですか?」

「……嫌、とかじゃなくて」

「……そうですか。貴女のウェディングドレス姿、見てみたいんですけどね」

凄く綺麗だと思います。続けたカーターの言葉に、クレアの熱は最高潮に上がる。
神様、彼を驚かした事を謝ります。だから、私の心臓を助けてください!クレアは心の中で必死に懺悔した。

押し黙ったクレアを見て、カーターは肩を落とした。
やはりいきなり他人の自分がこんな事を言っても人の心は動かないか。何せよ、一生に関わるイベントだ、結婚というものは。

「はーぁ。まあ諦めますかね今回は。誰かにプロポーズされましたら気が変わらないうちに即式の予約しに来てくださいね」

「……はぁ」

神に自分の謝罪が届いたのだろうか?小首を傾げて彼の言葉を読み取ろうと努めるが、困った事に全く見えて来ない。
たった今目の前の男に結婚しないかと言われた上に、今度は別の男からのプロポーズの話に切り替わっているのだ。混乱するのも無理はない。

考えても考えても追いつかない思考。
ついにクレアの脳はギブアップを宣言する。
頭の中が文字通り真っ白になったのだ。

「ねぇ、カーターさん」

「なんでしょう?」

「今、カーターさん結婚しませんかって言いましたよね?」

「ええ、言いましたね」

「私とカーターさんが?」

「はあ?」

普段ニコニコと笑って細められている目が、大きく開いた。あ、瞳が見れた、と新鮮な気持ちが湧き出るが、次に襲いかかってきた感情にそれは見事にかき消される。
違ったのだ。勘違い。彼の言葉はただ単に誰かと結婚しないかという発言だったのだ。
漸く合致したこれまでの会話にスッキリする反面、恥ずかしさと残念な気持ちがクレアを支配する。

「私は神にこの身も心も捧げた人間。他の人と結ばれると言うことは許されないんですよ」

「ああ、言われれば聞いたことあります。すみません、宗教とかそういうの疎くて」

はははと自然に乾いた笑が口から飛び出る。
すっかり忘れてたが、彼は神父さまだった。
そもそもの前提さえ忘れてなければこんな勘違い生まれなかったのだ。

――え?残念?

先ほど込み上げた感情を思い出し、クレアの笑い声はピタリと止まる。
そう言えば残念と思った。間違いなく自分は残念がったのだ、彼の言葉が勘違いだった事に。

「……っ!!」

まさかの彼を男として見ていた事に初めて気付いたクレア。しかし、それはカーター自らの言葉で叶わぬものだと思い知らされる。
なんと言う酷な状況だろう。
叶わぬ恋に憧れる歳でもないクレアにとっては、ただただ絶望にしか感じられない。

「どうしました?」

「いえ、私どうやらカーターさんの事好きだったみたいです」

言ってしまったと口を押さえるが、発した言葉は取り消すことは出来ない。
しっかり彼の耳に届いたようで、再び開眼された瞳は驚きの感情を露わにしているのが見て取れた。

やってしまったと後悔するが、仕方ないかとドライに思う。
諦めたクレアは頬をかきながら、何か言葉を探していた。

「すみません、どうやら恋愛にも疎いみたいで」

「いえ……それは私も同じなので」

「………」

「………」

流れる沈黙。息苦しいとかではなく、各々が何か考える事によってそれは生まれる。

ほっとけば熱も冷めるだろうか。
冷めなかったら彼に神父を辞めてもらって――いやいや、なんていう事を教会で考えてるのだ!
クレアは頭を振って馬鹿な考えを打ち消す。

「馬鹿なこと考えてしまうので、今日は失礼します」

「……えっ、ちょっ、クレアさん!!」

彼の制止は虚しくバタンと閉まるドアの音に掻き消されてしまった。
行動が早い人だ。呆れたカーターは1人残された教会で溜息を零した。

「ウェディングドレス姿、ですか」

呟いた言葉は誰に届く訳でもなく、このだだっ広い教会に染み渡り消える。
続く溜息もまた同じだった。

彼女のウェディングドレス姿が見たいし素敵だろうと思ったのは事実だ。
しかし、不思議な事に彼女の横に居るであろう新郎の姿は微塵も浮かばなかった。浮かんだのは彼女の「カーターさん」と言う笑った顔のみ。それはとても暖かくて、間違いなく素敵だった。

「いけませんね。私も馬鹿なこと考えてる」

神にバレる前に寝よう。
目指すは懺悔室もとい、仮眠室。
脳内では笑顔の彼女が「おやすみなさい」と囁いていた。


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