ハーベスト | ナノ



この時期になるとやたらとアクセサリーの依頼が多くなる。
理由はただ一つ。冬限定で採掘できる鉱山のせいだ。

例外なく毎年俺も行くのだが、高確率でクレアと鉢合わせする。彼女もまた、冬は彼処に篭るのだ。
証拠にクレアがこの町に来る前と比べ、格段にオリハルコンの出が増えた。それはもう、俺が鉱山に出向かなくてもいいレベルで。取り寄せたらその分入ってくる。
一体あいつは何やってるんだ。仮にも女だぞ。(いや、仮とかじゃなく本当はちゃんと女性だって俺が一番分かってる)

「なぁ、じいさん」

「ウォッホン!!」

「……師匠。仕事も終わったし、俺鉱山行ってきてもいいかな」

「……ああ」

珍しくじいさんが何も突っ込んでこなかった。気持ちわりぃ事もあるんだな。けれど、道具作りに打ち込むじいさんの横顔を見て、ああ、何か悟ったんだなと妙に納得してしまう。

それならばとマフラーと鍬を手に取り俺は早々と鍛冶屋を後にする。

外は白い雪が憎たらしくも降っていた。
見てるだけで寒さが倍増した。ふざけんな。
そう悪態ついたところで、こいつは止んでくれないんだがな。
猛烈な敗北感に襲われ、逃げるかのようにまっすぐ鉱山を目指す。

「やっぱ居ないんだろうな」

意図的に通りすがった牧場。
ついこの間まで牧場主が忙しそうに走り回っていたここは、まるでそれが夢だったかのように真っさらだ。
この時期は大雪に怯えながら小さなビニールハウスで作物を作るのみだと言っていた。
家畜の世話は午前中に終えてるはずだし、この雪だからきっと町にも出てないだろう。

いつまで経っても休みなしで何が楽しいんだか。そう以前クレアに聞いたことがある。

「仕事が楽しいのよ」

とクレアは実にいい笑顔で俺に語っていたっけ。
気持ちもわからないではないが、少し寂しかった。

雪に足取られ、ヒーヒー言いながらたどり着いた山の中腹。河童が出ると噂の湖はガチガチに凍っている。これじゃ河童も冷凍されてんだろうな。そんな物騒なことを思い浮かべながら俺は鉱山に入る。

「やっぱりな」

はぁぁぁぁーーーと深〜い深〜い溜息が溢れ出た。
目の前に広がるのは鍬で掘り起こされた跡と、下へと続く梯子。誰かがここで作業をしているのは間違い無い。その誰かってのも絶対あいつだ。

舌打ちをして、俺はその梯子を降りてみる。
降りた先もさっきとまったく同じ光景。肝心の人間はいやしない。

俺はただただそのつまらない行程を繰り返した。降りる度に期待するのだが、当たり前のようにそれは打ち砕かれて。もうどんだけ降りたかわからなくなったころには、俺は期待すら抱かなくなっていた。

そんな矢先だ。漸くザクザクという独特の音が耳に入ってきたのだ。
その音に慌てて、さらに梯子を降りれば、鼻歌を歌いながら掘り続けるクレアの後ろ姿が目に入る。
やっと見つけた……!こいつどんだけ下まで行ってるんだ。

「……あのなぁ、クレア」

「うわあぁぁっ!!」

タイミング悪く、彼女が鍬を振り上げている時に声かけちまった!驚きのあまりよろけるクレアを支えて、2人でふぅと安堵の息をつく。

「グ、グレイー!びっくりさせないでよね!」

「わりぃ」

彼女の鍬を取り上げ、支えた腕に力を込める。ああ、安心するこの匂い。柔らかな彼女の体と香りに酔い痴れる。

漸く捕まえた。
安心感からか、さっきまで苛立ってたのが嘘のように消えていた。

「どうしたの?」

「ん?……あー鉱山デートもいいかなって」

「ふふ、何それ」

あ、笑った。単純だがなんだか嬉しい。

クレアは抱きしめる俺の手の上に自分の手を重ねた。そこで俺は違和感を感じる。
咄嗟に彼女の手を掴み軍手を無理やり剥ぎ取れば、クレアはピクリと反応した。

やっぱりな。
手のひらを見せまいと抵抗するクレアを制し、俺は彼女のソレをまじまじと見つめる。
女性らしくない豆のできた手のひらは非常に痛々しい。思わず眉間にしわが入るのを感じた。

「ごめん、可愛くない手だから、あんまり見せたくなくて」

「違う」

俺が怒ってるのは可愛いだとかなんだとか関係ない。
クレアの肩を掴み、クルリと反転させ強制的に向き合わせる。
バツが悪そうに目を逸らしたクレアに、再び溜息が溢れた。
相変わらず目を合わせてくれないクレアを放置して、俺はポケットに手を突っ込む。

「あった」

「…………」

「ほら、手、貸してみ?」

恐る恐る差し出した彼女の手を優しく掴み、俺はポケットにあった絆創膏をなるべく丁寧に貼り付けた。俺もよく豆つくるから常備してたのが幸いした。

「これでよし!」

「……ありがとう」

「……クレア。こっち向いて」

俺の言葉に漸くこっちを見たクレア。
気恥ずかしそうに眉をハの字にさせて、不器用に笑っていた。

「俺はクレアの手も顔も声も性格も、全部可愛いと思ってる」

「そんな……」

「豆ができるのは仕方がない。それは頑張った証なんだから、素敵だと思うよ」

驚いた表情で固まるクレアに調子が狂いそうになる。そんな反応されたらむちゃくちゃ恥ずかしくなるじゃないか!折角頑張ってんのに。

気を取り直して咳払いを一つ。
自分の心を鎮めて、俺は言葉を続けることにした。

「だからな、無茶して欲しくないし、傷ついて欲しくないんだ。その俺の気持ち、ちゃんと汲んで行動して欲しい」

「………」

黙りこくり俯いたクレアに、思いの丈を言い切りスッキリしたはずなのに不安になる。
ちゃんと伝わって反省したのだろうか?それにしては沈黙が長い。

痺れを切らした俺は、掴んだままの彼女の腕を引き寄せ抱き締める。
さっきまでシンとしたこの場が居た堪れなかったくせに、今は逆に心地いい。

「グレイ、ありがとう」

「ん」

「凄く嬉しかった」

「……ん」

「私もグレイのこと、可愛いと思ってるよ」

「……ん?」

ちょっと待て。最後、おかしいよな?
折角抱きしめた彼女の肩を掴み引き離して顔を見てみる。
先程とは違って笑顔の彼女に、聞き間違いであってくれと思い首を傾げたが、クレアは再び「可愛い」と言ってのけた。俺の思いが砕かれた瞬間だった。

ああ、そう。と取り敢えず相槌打つが、まったくもって納得はいっていない。
こう言われて、俺はどう反応すればいいんだ。

「複雑な顔してる」

「……あたりまえだ」

可笑しそうに笑うクレア。
対する俺はちっとも笑えない。

「絆創膏持ち歩いてるなんて、私よりよっぽど可愛らしいわ」

「うっ……」

確かに、この町の男ならあとはドクターくらいだろうな、絆創膏常備してる奴。妙に納得がいったソレに、なんとも気恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。

相変わらず笑われてる事が悔しくて、俺はクレアの頭を強引に自分の胸に引き寄せる。
びっくりした彼女は黙り込んでしまった。作戦は成功だ。

「好きよ、グレイ」

「知ってる」

「可愛いところも含めて、全部」

押さえつけた彼女の顔は、更に俺の胸へと埋まる。
気取ってぶっきらぼうに言ってのけたのだが、きっとそれはクレアにバレてるだろう。
自分でもどうしていいか分からないくらい心臓の音が激しく高鳴っているのだから。

出来ることなら、ずっとこのまま俺の腕の中に閉じ込めていたい。けれどそれは無理な話で、彼女はまた自由きままに、楽しい楽しい仕事にのめり込んでいくのだろう。

「豆治るまで無茶してないか監視するからな」

「ふふ、じゃあずっと鉱山デートね」

豆治したくなくなってきちゃった、と微笑むクレアに呆れつつも、喜びを感じている自分がいる。

俺も、仕事に打ち込んだり、無茶したり……そんなところも含め、クレアの全てを愛しているのだ。


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