ハーベスト | ナノ



「はぁぁぁーー」

「やめてクレア、こっちまで幸せが遠のいて行きそう」

カレンは怪訝そうに美しい顔を歪ませてそう言った。
でも仕方ないじゃない。アルコールが漸く回ってきた途端、感情が湧き出してきたのだから。

「あはは、クレアさんおじさんみたーい」

「こら、ポプリ!もう飲んじゃダメ!」

こんなとこリックに見られたら何言われるかわかったもんじゃないと、カレンはすっかり笑上戸となったポプリからグラスを奪い取った。
慌ててワイングラスに色が薄い紫の液体を入れたランが駆けつけ、手が空いたポプリにそれを持たせる。素晴らしい連携プレイだ。きっとぶどうジュースに替えられたのだろう。
けれど何も分かっていないポプリは上機嫌にそれを飲んでいる。そしてワインじゃないことにも気付いていない様だった。やっぱりまだお子様ねと、少し私のモヤモヤは吹き飛んだ。

「新婚さんが呑んだくれて……旦那さん心配しないの?」

「……新婚さん、ねえ」

一息ついたカレンが私を茶化した途端、再び私のスイッチが入る音がした。
またもや飛び出る深い溜息に、カレンも同じく溜息を零す。(そしてポプリはまた笑い始めた)

「どうしたの?クレア」

まるで観念したかの様に彼女はそう言った。
本当はその言葉を私が待ってる事、気付いてたクセに。待ってましたとばかりに彼女の瞳を見つめれば、カレンはもう一度溜息をつく。

「ねえ、リックと手繋いだ事ある?」

「何言い出すかと思えば……。そりゃ小さい頃とか……」

「じゃなくて最近!」

「ちょっと……ポプリの前で!」

「あるよね?ポプリみたもーん」

そう言ってまた笑い出すポプリは今この町で一番最強だろう。あのカレンが真っ赤になって俯いていた。

「ポ、ポプリはどうなのよ!?」

「聞くまでもないじゃない」

「あははは!」

慌てて話をそらすが、ポプリがカイと手を繋ぐかどうかなんて分かりきっていた。
だからカレンに聞いたのに。案の定笑い出したポプリにカレンはまた顔を赤くした。

「クレアさんはー?」

そう言って私の手に自分の指を絡めて来たポプリは、先程とは打って変わって妙に艶っぽい顔をしていた。同じ女でありながら、不覚にもドキッとした。何だこの子は。普段とのギャップにカイが堕ちたのも分かった気がする。

「それがないのよ。ポプリはすんなり繋いでくれるのに」

「ええええ!?本当なの?」

「あはははは」

酒のせいだろうか?ポプリの暖かい体温がダイレクトに伝わる掌を見て、これがグレイだったらと悲しくなる。
驚いたカレンに頷いて見せれば、彼女はまた呆れた顔をして溜息をついた。今日一番深い溜息だ。

「初心な所も好きなんだけど……いい加減ストレス溜まっちゃって」

「だから今日このメンツで飲もうって言い出したのね」

「うふふ!楽しいね〜クレアさん」

未だ私の手を離さないポプリは1人違った事を言う。予想と違ったけど、ポプリを誘ってみてよかった。ニコニコと楽しそうな彼女に自然とストレスが和らぐ気がした。

「もう無理やり繋ぐしかないんじゃない?」

「だめよ、恥ずかしがってすぐ離すんだから」

「寝るときこっそり繋げば?」

「別々のベッドよ。繋げるわけないじゃない」

「あはははは!ありえなーい」

大爆笑で笑い飛ばしてくれる彼女がいっそ清々しい。夫婦の恥を晒した私を哀れんだ瞳で見ながら、カレンはワインを煽った。それに素直に従う。

彼が極端に恥ずかしがり屋なのは結婚前から知っていた。いや、きっと私じゃなくてもみんな知っていたと思う。
だから夫婦という形を作ってしまえば、少しは彼も行動に移してくれると高を括っていたのだ。それがとんでもない間違いだったのだが。

そんなこんなでいつの間にか私を慰める会(ポプリは違ったけど)と化したその場を私は思い切り楽しんだ。けれど私の奥深くは満たされなかった。そこだけポッカリ穴が空いたみたいで、埋まる事がない。
埋められるのは彼しかいない。

「あー!噂のダメ男!」

「なんだよ、なんの噂してんだ」

ケタケタ笑うポプリの声に振り返れば、そこにはムスッとした表情の『ダメ男』事グレイがいた。
驚きと共に、ヤバイと焦りでヒヤッとする。どう考えても悪い話していたとしか思えないこの状況で言い訳すら出てこない。

「グレイがクレアの事大事にしてるって話よ」

「えっ?いや……その……」

機転を利かせたカレンの回答に、グレイは帽子の鍔を下げる。これは照れてる証拠だ。助かった……。
確かによく考えれば、私の事物凄く大事にしてくれてる証拠ではある。不満ばかり今日はぶちまけたけど、やっぱり私は彼と結婚して、彼と一緒にいてすごく幸せなのだ。

「も、もう遅いから、その……ク、クレアを迎えに――」

「キャー!クレア、だって!」

「ほんと!あのグレイがね!成長したじゃない!」

茶化すポプリに今度はカレンも乗っかった。
お陰で私の旦那様は……
――あーあ、すっかり真っ赤っか。

からかわれてる彼には申し訳ないが、この光景に私はふふっと笑みを零す。そう言えば人前で名前呼び捨てにしたのは初めてかもしれない。すごく嬉しかった。

「ごめんね、今日はほんとにありがとう!また飲みましょう」

「クレアさん、まって!」

席を立った私を呼び止めたのはポプリだった。
相変わらずニコニコと微笑んでるポプリは、再び私の手を掴み、繋いだ。いったいどうしたのだろうか?首をかしげて見せるが、ポプリはニコリとさらに口角を吊り上げただけ。やっぱり意図が読めない。

ポプリは手を繋いだままグレイの元へ私を引っ張ると、今度はグレイの手を掴んだ。咄嗟の事で、グレイも訳が分からずキョトンとしている。

「はい。こうやって手繋ぐんだよ?」

私の手をグレイの手に重ね、しっかりと握らせた後にポプリはそう言った。
彼女のその表情は、先程も見せた艶っぽい顔になっていて、「ああ、これが世に言う小悪魔って事か」と妙に納得してしまった。

一方、グレイはというと、言うまでもなく本日最高潮に顔を赤くしている。久しぶりに見たこの顔。心の中で盛大にポプリに感謝した。

「かえろっか?」

私の問いに、グレイはブンブンと頭が落ちるんじゃないかと思うぐらい激しく振って同意する。きっとこの場から逃げたいんだろう。それなのに、彼の体はロボットの様にガチガチで、結局宿を出るまで大爆笑を背中に浴びる事になったのだけれど。

外にでると、綺麗な星空が私たちを出迎えてくれた。
酔った体に夜風がとても心地いい。

「ご、ご、ごめん!」

そんな良い気分だったが、グレイの一言で私はハッとした。
勢い良く手を離そうとした彼の手をしっかり握り締めて、なんとか阻止。せっかくポプリから受け取ったバトンを無駄にしてたまるもんですか!

「だめ!離さないで」

「ク、クレア……」

「私、貴方に触れたいの」

ずっと我慢してた言葉。
困らせるのは分かってた。
けど、もう我慢出来ない。手を繋いだだけなのに幸せが倍増したんだもの。

「ごめんね。クレア。お、俺……その……、こうするのすごく嬉しいんだ。でも……恥ずかしくてさ……」

「うん、知ってるわ」

「はは……そう……」

私の答えにグレイは苦笑いを浮かべ肩を落とした。
しょげた彼が可愛くてすごく愛しい。意地悪だなと思いながらも、自然と笑みが溢れてしまう。

「クレアの事愛し過ぎてるんだよ俺」

相変わらず苦笑いを浮かべたまま、サラリと言ってのけた彼に、今度は私が赤面する番だった。
手を繋ぐよりもそっちの方がずっと恥ずかしいのに……。彼の基準に疑問を覚えるが、心はしっかりと喜びを感じていた。

「少し酔っちゃったかな〜」

「大丈夫?クレ――」

彼の肩に身を委ねる。勿論、手は繋いだままで。
きっと今の彼には凄く酷いことしてるのだろう。けど、酔った事にしてしまえばいっかと、私はすっかり開き直っていた。
ダイレクトに感じるグレイの体温、息遣い、心臓の音に、私の胸も大きく高鳴る。
そしてまた再確認したのだ。

「愛してる」

そう言えば、てっきり固まるかと思っていたが、ギュッと繋いだ手に力がこもる。
まさかの反応に、更に胸が脈を打つ。

「ねぇ、グレイ」

「うん?」

「今日から一緒に寝て」

「ええっ!?」

言葉を失った彼が失神するんじゃないかと少し心配になる。
けれど打ち消す言葉は絶対に言わないと決めていた。
意地悪しすぎかもしれないけど、あなたが大好きだから。





まだ続きます(笑)


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