「カーターさんは何故神父様になろうと思ったんですか?」
シン、と静まり返った教会に彼女の凜とした声は心地好く響き渡った。
いつもと変わらない表情のクレアに、カーターは中々口を開くことが出来なかった。何の意図で尋ねているのだろうか。窺うようにじっとクレアの瞳を見るが、何も語らない。
ただの好奇心だろうか。
うーん、とそっと心の中で唸ってみるものの、彼女から質問を撤回する様子は見られない。ただカーターを見つめ、言葉を待ち続けるだけだった。
「聞きたいですか?」
「はい。是非」
いつものように笑って尋ねれば、クレアも同じく笑んで返した。
どうやら意地でも聞きたいらしい。「期待しているような綺麗なお話ではないかもしれませんよ?」と言っても、彼女は構わないとただ微笑むだけだった。
それでは、とカーターは咳ばらいを一つ。
あるところに一人の男が居ました。そういつもの様に物語り調に語りはじめ、クレアはつい吹き出しそうになる。
それを見たカーターは、してやったりと口角を吊り上げ、話を続けた。
「男はとある女性を密かに想っていました。彼女と過ごす日々はまるで夢の様でした。彼女の笑顔が、声が、全てが男にとって支えであり、幸せだったのです。しかし、彼女には既に婚約者がいました。ある日その事を知った男は、彼女に想いを告げようと決心します。ですが――」
「……告げなかったんですか?」
意味深に口を閉ざしたカーターに、クレアは身を乗り出して尋ねた。
すっかり話にのめり込んで瞳を不安げに揺らす彼女を見て、カーターは静かに首を横に振る。
「告げる事ができなかったのです。彼女の婚約者は、男の友人でした。そして友人の隣で微笑む彼女は、とても、幸せそうだった。男は悟りました。彼女と居れば自分は幸せになれるが、彼女は幸せにする事が出来ない、と」
徐にカーターは指を組み、長く息を吐く。
そして何処か切なげな表情で目を伏せた彼だったが、その顔から柔らかな笑みが消えることはなかった。
「それならばと、男は毎日教会へ通いました。そしてただ毎日、彼女の幸せを祈るのです。愛した女性の幸福を祈ることで、男はいつの間にか救われていたのです」
「そんな……そんな背景が――」
「とまあ、こんなお話は如何でしょうか?」
ニコリと笑ったカーターを見て、理解出来ていないクレアはただ固まる。
しかし、次第に少し潤んだ瞳は見る見る色を変えていく。いよいよ事を理解したらしい。「カーターさん」と彼女の低い声に、カーターは面白そうに首を傾げて見せた。
「もう!嘘なんですか!?」
「私は最初に期待に沿えるようなお話ではないかもしれないと言いましたよ?」
「私真剣に聞いてたのに!」
「すみません。ですから途中で言いだし難くなって」
納得いかないのか、尚も口を開くクレア。
ニコニコと相変わらず表情を変えずに、カーターはクレアの声に黙って耳を傾けていた。
「本当の所は、」
「おや……」
真相を迫る彼女の言葉を遮り、カーターは奥の扉に目を向ける。
助かったと言わんばかりにまだ開ききっていない扉に挨拶をすれば、自然とクレアもそちらへ意識を持って行かれた。
「今日は少し早かったんですね」
もう一度声を掛ければ、遅れた挨拶と共にクリフが教会へ足を踏み入れた。
早く仕事が終わったから、とクリフは笑う。その表情は少し前の彼からはとても想像しがたいものだった。
「そうですか。でしたらクレアさんを送って頂けますか?外も少し暗くなってきたようなので」
「あっ、カーターさんたら話をはぐらかして!」
自然と帰る流れになり、慌ててクレアは食い下がる。しかし、カーターはまるで聞こえていないかのように、それを見事に流してみせた。
有無をも言わせないカーターの雰囲気に少したじろぎながらも、クリフは「送るよ」とクレアに促した。
クリフに言われれば、クレアもそれを断る訳にはいかない。まだ何処か納得していないようだが、クレアは小さく頷いた。
「じゃあ、カーターさん。また後で」
「ええ。お待ちしております」
「カーターさん」
不意に名を呼ばれ、カーターは無意識にクレアを見つめる。
たった少し出来た間。その間はまるで時が止まったかのように長く感じられた。
「また、明日」
「……ええ。また」
ニコリと笑みを零して、クレアは踵を返す。
その背中を見つめ続けるカーターには、ガチャリと響く扉の閉まる音がやけに大きく聞こえた。
「……神よ」
ぽつりと零れた言葉は、教会の静寂の中へと消えていく。
彼の瞳は真っ直ぐ既に閉まった扉を見つめたまま。
「彼女に祝福があらんことを――」
アンケコメより
私なんぞのカタクレを読んでみたいとのお言葉、ありがとうございました!!
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