「シスコンにマザコンか……」
「ん?何か言った?」
「本人は一応自覚あり、と」
先程まで何を言っても気付かなかったのに、小声でぽつりとぼやけば、鶏の餌を運んでいるリックはくるりと振り向き笑顔をみせた。
それを眺めていたクレアは苦笑いを零すしかない。あんなに綺麗な笑顔で眉間に皺を寄せられてはこれ以上返す言葉もなかった。
「よし、これで全部だ」
「いつもありがとね。リック」
「いえいえ。クレアはお得意様だからね」
またよろしく、と笑ったリックの眉間からは皺は取り除かれていた。それを見てクレアは少し胸を撫で下ろした。
普通にしてたら、彼は本当に感じのいいおにいさんで、爽やかな笑顔なんかはかなり癒し系の部類に入ると思う。だが、そんな彼には最大の弱点があった。一度それを語り出させたらもう癒し系なんて事は誰も言わなくなるだろう。その弱点は大きすぎるのだ。
んー、とクレアは唸った。そのまま、顎に手を置いてじとりとリックを上から下までまるで品定めするかのように見回してみる。受け身側のリックはというと、彼女の視線にたじろぎつつもその場から動こうとはしなかった。彼にはさっぱり彼女の行動が読めない。
「リックさあ、ポプリちゃん以上に気になるものないの?」
「は、はぁ……?」
「例えば、趣味だとか、仕事だとか、」
「まあ、仕事は大好きだけど……」
「あ、あと自分の恋愛だとか」
そこまで言って、リックは目を丸くしてぴくりと反応した。言ったクレアはというと、その反応に気が付いていないようで今だにまじまじとリックを見回している。
一番彼が落ち着きそうなのは、関心を他に向ける事だろうとクレアは思った。
趣味や仕事がだめなら、今は妹の恋愛沙汰で熱くなっているので、それを自分の恋愛沙汰に向けるのが一番最適なのではと考える。幸い、彼には幼なじみというちょっと転べば発展しそうな人物が側にいるのだ。それに彼女がダメにせよ、この町には恋愛対象になりそうな異性は数人いる。
「だれか、好きな人いないの?」
「あー……」
「リックはポプリちゃんポプリちゃんって自分に余裕がないから女の子がよってこないのよ。せっかくリックいい人なのにもったいない!」
言いづらそうに唸るリックに、クレアはばっさりと切り捨てるかのように言った。悔しいが正論だ。リックは返す言葉もなく押し黙ってしまう。
ポプリの事となると周りが見えなくなるのは自覚していた。それで何度もポプリやカイやカレンと口論になった事もあった。
その上「もっと自分をみつめなきゃ」とクレアに言われれば、確かにそうだとしゅんと肩を落とさずにはいられない。
そんなリックはつゆ知らず。クレアは再び唸りながらぼそりと何かをぼやき始めた。
「リックがいい人を見つけるまでカイとポプリちゃんもどっかに向けないといけないな……。カイは私が引き付けるとして、ポプリちゃんは、」
「それは困る!」
リックの怒鳴り声にクレアはびくりと肩を震わせた。慌ててリックを見れば、少し赤くなった顔に口をへの字に曲げて怒りを露にしているのが見て取れた。もちろん、自分の世界に入っていたクレアには何で彼が怒っているかは解らない。目をただ丸くして、困ったように首を傾げていた。
「えっ?どうして……」
「俺は……、ポプリよりクレアがカイなんかと一緒に居られる方が嫌だ」
グッと拳に力を込め、リックはしっかりと視線をクレアに向けてそう言った。妙な気迫に圧倒されたクレアはキョトンと彼を見つめていた。
どういう意味?そう尋ねようと自分の横を通り過ぎるリックに手を伸ばした時だった。まるでクレアが何を尋ねるのかわかったかのように、クルリとリックが振り向いたのだ。
「どういう意味かは、クレアが考えてよ」
そう言った彼の表情はとても優しい笑顔で。ぽんぽんと軽くクレアの頭を叩いてリックは牧場を後にする。
一人残されたクレアはぽつんとその場に立ったまま、触れられた頭に意味も無く触ってみた。何故か、妙に熱い。
「勘違いだったら……恥ずかしいじゃない」
ボッ、と火が灯るかのように勢いよくクレアの顔は熱を帯びた。
ぼんやりして反応の遅い思考回路の中、浮かぶのは先程見せたリックの笑顔で。
それを必死に掻き消すかのように、クレアは顔を下げてきつく目をつぶった。
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