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「複雑な気分よね」

「そうだね」

本当に複雑な気分だった。
ジョッキに入ったビールを喉に流し込みながら複雑な心境を噛み締める。

今日は仕事あがりでせっかくクレアさんと飲んでるってのに(しかも二人で)まさかこんな話を聞いてこんな複雑な気持ちになるだなんて、想像もつかなかった。

思わず溜息がでてしまう。
相手はたかが子供だっていうのに。

思えば宿に訪れたときからクレアさんは様子がおかしかった。
笑顔がぎこちなく、変な感じは否めなくて。
それでも気にせず席に腰かけランに酒とかつまみとかを注文して、やってきた酒を乾杯したところまでは俺の心が幸せの絶頂だったのは間違いなかったんだよ。
そっからだった。一口ビールを飲んだあと、急にクレアさんから笑顔が消えた。
もちろん不思議に思って、慌てて声をかけたさ。
そしたら「プロポーズされたの」だもんな。お決まりで口に含んだ酒は綺麗に吹き出ていったさ。

内心複雑どころじゃなかったよ。いや、ほんとやばかった。心臓は早いのに俺自身は固まったし。
それを見たクレアさんが慌てて「ユウ君なんだけどね」とオチを言ってくれなかったら、俺は死んでいたかも知れない。(大袈裟だけど本当に思った)

で、だ。クレアさんはそれをOKしたらしい。
いくら子供だろうがプロポーズしてOKもらえたのはものすごーく羨ましく。てか軽く嫉妬心すら沸きだして。

そこまではよかったらしいのだが(俺はよくない)問題はこっからだ。

小さな女の子メイちゃんがクレアさんの返事に不満を募らせたらしいのだ。
今の子供はませてるよな。あれだよ、軽く修羅場じゃんな。
メイちゃんは明らかに不快な顔して子供だと思って適当な返事するなと、クレアさんに食ってかかったらしい。メイちゃんはプロポーズしたユウより遥かに大人だったようだ。

それにクレアさんは何にも言えず、クレアさんに向けられたその言葉に今度はユウがメイちゃんに食ってかかかって……

そして子供の喧嘩。

俺だったら逃げ出したくなるシチュエーションだ。よくクレアさん堪えれたなと感心せざる終えない。
まあ、その場は仲裁に入ったカーターさんのお陰で丸く収まったらしいが、クレアさんの中には何か引っ掛かるものがあるみたいで。そこまで話して、再びジョッキに口をつけていた。

「やっぱり、メイちゃんの言うように軽はずみな言動は駄目だったのよね」

ジョッキをおいて、ズンと沈んだクレアさん。大人は色々考えなきゃいけなくて大変だと、明らかに同じ大人の部類に入る俺は他人事のようにそれを見ていた。
けど、クレアさんは俺にどう思う?というような視線を向けて来て、他人事で見ていた俺は言葉を詰まらせる。

「え…と…。別によかったんじゃないかな?」

「どうして?」

適当な返事を返してしまい、理由を尋ねてくるクレアさんに困惑する。
咄嗟に思い付いたんだから理由とかあるわけなかった。俺絶対相談聞くの向いてない。

今まで散々クリフやカイやマリーやクレアさんに愚痴零しまくって相談聞いて貰ってたのに、これが逆になったらなんにも言ってやれないなんて情けない。
折角クレアさんが俺を頼って来てるのに、何にも出来ないのが歯痒かった。

こうなったら半ばヤケで、無い頭をフル回転させてクレアさんのために言葉を見つけだす。目の前には俺の意見をまつクレアさん。

「だって、ユウにとってそれは初恋なんじゃないかな?へんなトラウマ植え付けられるよりいいと思うよ。ユウだって将来初恋は綺麗でいい思い出だったって思う日がくるだろうし。だいたい、初恋は散るって言うし、俺も初恋は見事散ったし」

「グレイ君散っちゃったの?」

しまった。ヤケ過ぎて余計な事を口走ってしまった…!
頭を抱える俺にクレアさんはキラキラした目で話を聞きたそうにしている。
絶対言うもんか!というか言えない。

5歳の頃結婚しようって約束して、それを14歳まで信じてただなんて恥ずかしくて言えるわけないだろ。
そんな淡い初恋を思い出しながら、残りのビールを一気に飲み干す。
そしてマスターにお代わりとグラスを揺らして、クレアさんはお代わりいらないの?とわざとらしく話しをそらし、必死に初恋から話題を避けようとした。

そういえば、クレアさんはどんな初恋したんだろうか。
きっと昔から可愛かったんだろうな。
絶対モテたに決まってる。というか…今好きな人とかいるんだろうか。

そう自己嫌悪に陥りながら、目の前に置かれたビールに手を伸ばす。
さっきより多めに注がれたそれを、気を紛らわすため我ながらいい飲みっぷりで喉を通していく。

チラリと隣を横目で見ると、クレアさんもほんのり頬を染め、グビッと酒を飲み干していた。
よかった。どうやら初恋の話は忘れてくれたようだ。

「でも、もしユウ君が大人になるまで貰いてがいなかったら、ユウ君おばさんになった私でももらってくれるかしら?」

「え!?」

ボソリと呟いたクレアさんの言葉がいやに耳に残る。
頬杖をついてぼーっとするクレアさんを見て固まりながら、俺が頂きますとつい出そうになった言葉を慌てて飲み込んだ。
駄目だ。もっと順序を得てクレアさんにプロポーズするって何度もシュミレートしてきたじゃないか!

高鳴る胸を必死に押さえ、クレアさんに気付かれないよう深呼吸。

ようやく落ち着いたと思ったのに、クレアさんと視線がばっちりあって再び心臓が激しく動きだす。

「それとも、グレイ君が貰ってくれる?」

ニコリと笑ったクレアさんの顔が目に焼き付いて、衝撃的な言葉に体温が上昇する。

冗談っぽく「なーんてね!」と言われたけど俺の体温は一向に下がらない。
口をパクパクしながら顔を真っ赤にさせた俺にクレアさんはなんだか慌ててる様子だった。

ランに水を注文するためにあげたクレアさんの手。
俺の視線は自然とそれを追っていて、ふいにその手を掴んでしまう。
もちろんクレアさんは驚いた顔で俺を見ていた。

正直自分でも何でこんなことしたかわからない。それでも、どうしてもクレアさんに触れたかった。

俺、絶対クレアさんもらいにいくから。

伝わらない気持ちを心の中でそっと呟く。
俺はユウみたいにいますぐプロポーズする勇気も資格もないけど、クレアさんの事好きな気持ちは誰にも負けない自信はあるから。
だからもう少し待っててください。


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