ハーベスト | ナノ



まだ肌寒さを感じる、今年はじめての春の夜。
がやがやと活気あふれる広場は、若者たちが集っていた。

やはり、この町の住人はお祭り好きだなと、クレアは改めて思った。
若者は広場に、飲み明かしたい者達は宿屋に。みな思うがままに新年を祝い、迎えるのだ。

思えば、ここに来て1年が過ぎた。
あっ、と言う間の時間が流れて、沢山の思い出を作り上げてきた1年間。
あまりの実感の無さに、クレアは昨日の事のようにここへ来た時の事を思い出していた。

「こんばんは、クレア君」

「えっ!?ドクター?」

ふと掛けられた声に、クレアはビクリと肩を震わせ、声の主を見据えた。
驚きの表情は声を掛けられた驚きだけでなく、なにか別の驚きを含んでいるようで、それを見たドクターは少しだけムッとした。

「僕がここにいちゃ悪いかい?」

「い、いや、ただドクターは宿屋組かなあと勝手に思ってたから……」

「一応、若者なんだけどね。僕」

一応と言ってるものの、明かに若者扱いされていないことが不満のようで、クレアは苦笑いを零した。

白衣を纏い、いつもポーカーフェイスな彼は、自分よりもずっと長い間人生を歩んでいるようについつい感じてしまう。
しかし、彼はまだ自分を若者だと言い張る辺り、やはりまだ自分と大差ないのだなあとクレアは少し安心した。

「そういえば」

「えっ?」

「もう、君が来て1年が経つんだね」

そう、しみじみと言われ、クレアはまた1年前に思いを馳せる。

今度はドクターと出会った頃。

無表情な彼が正直苦手だったあの頃。

しかし、今は微かに見せる静かな感情も読み取れるようになって、いつの間にか苦手意識など取り払われていたのだ。
そう思えば、苦手だった頃のドクターに対する接しかたは酷いもんだったなあと、つい笑みが零れ落ちる。

「何?」

「いや、私ドクター苦手だったんだなあって」

「!」

「あ、いや、最初の頃の話で……」

一瞬、苦手と言われ、ドクターはショックの色を見せた。

明かに見て取れる彼の表情はとても珍しい。
だから、クレアは慌てて昔の事だと付け加えた。

それを聞いて元のポーカーフェイスにもどったドクターは、苦手、かと意味深に呟き、じとりとクレアを見つめる。

「でも今は全然!ドクターといると、楽しいよ!」

「……なら、よかった」

「だから、拗ねないで下さい。ドクター」

「子供じゃあるまいし、そんなことじゃ拗ねないよ」

「あーあ、可愛くないの」

そう言って、クレアはぷいとそっぽを向いてつまらなさそうにしてみた。
可愛くなくて結構だと、ドクターは頭を抱えそんなクレアを見て少し笑う。

ふと、周りを見れば、みんなそわそわしだしたのがわかる。
もうそんな時間かと、ドクターは腕時計に目をやり、時間を確認した。

幸い、彼女は誰にも声を掛けられず、自分の目の前にいる。おそらくこのまま放っておけば、誰かに奪われてしまうだろう。
しかし、ドクターはクレアを自分のそばから離さないために誰よりも早く彼女の隣を陣取ったのだ。このまま易々と放すつもりも毛頭ないのだった。

そろそろ良いだろうと、ドクターはゴホンと咳ばらいをする。意味ありげなそれに反応したクレアは、くるりと振り返り、小首を傾げてドクターを見据えていた。

「君は、この新年祭で何をするか知っているかい?」

「え?えっと、新年の挨拶を……」

「そうか、知らないなら好都合かもしれないな」

ぽつりと呟いたドクターの言葉に、クレアは益々意味がわからず、疑問符を浮かべる。

何をするの?と切り出して見れば、ドクターは重そうに口をゆっくりと開いた。

「これから、男女ペアを組んで踊るんだ」

「へえ。女神祭と違って男の人も踊るのね」

「……だから、」

そう言って、すっ…とドクターは手を差し延べる。
その手を見つめたクレアは、キョトンとした顔でドクターを見上げた。

正直、女性を誘う事にはあまり慣れていない。それでも他の男に取られるくらいならと、ドクターは恥ずかしそうにクレアを見つめた。

「……僕と、ペアを組んでくれないか」

「……私と?」

不思議そうに尋ねるクレアに、ドクターはコクンと首を縦に振る。

少し照れ臭そうにしながらも、真っ直ぐ向けられた彼の瞳は、妙に真剣だ。

「私、あんまりダンス上手くないかもよ?」

「……僕も、正直ダンスは得意じゃない」

「他に女の子いるのに。ほんとに私でいいの?」

「……きみとじゃなきゃ、意味がない」

意味を尋ねようとした瞬間、ふと手が伸ばされたままのドクターの手の平に触れる。
無意識のうちに重なった手。それをドクターはぎゅっと包み込んだ。

ふわりと微笑んだドクター。

滅多に見せないその笑顔は、クレアにはどうしても意地が悪く見えてしまい、少し悔しくなる。
クレアがそう思っているのはドクターにもお見通しのようで、そう簡単に離すまいとさらに手に力を込めると、軽くクレアを引き寄せた。

自然と近くなった距離に、クレアは恥ずかしそうにドクターを見上げる。
少し怒ったようにも見えるその表情がすごく可愛く思えて、フッと笑みを零して、ドクターはクレアの耳元に顔を近づけた。

「きみがこの町に来た日に、きみと踊らなきゃ意味がない」

「えっ?」

「クレアくんと出会えて、本当によかった」

そう言って、スッと顔を引くドクター。
直ぐさま目にした彼女の顔は、真っ赤になった顔で。わなわなと震える唇に目にはうっすら涙を浮かべてる事から、おそらく恥ずかしさと感動でそうなっているのだろうと察することが出来る。

何か言葉を紡ごうと必死なのだけれど、クレアは思うように言葉を出せない。
代わりに、捕まれた手に、ぎゅっと力をこめ、ドクターに思いを伝える。

「クレアくん、今年もよろしく」

「うんっ……!」

クレアは嬉しそうににこりと微笑んで頷く。

ずっとこの先も、こうして言い合えたらと密かに思いながら。





ドクターのダンス変なのよ
(エリィ談)


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