「でたなー!怪人め!」
「……まっていたぞ、さいきょうおー」
「だめだめ!まるでなってないよ!」
「……」
もっとやる気を出せだとか、棒読みするなだとか、子供だと思ってなめるなだとか、散々な事を言われ、俺は呆然とした。
メイが来ないから暇だと運悪く捕まった俺は、教会の前で悲しくも怪人の役を受け持ったのだ。なんと言う大役だ。今すぐにでも降りたいほど俺には荷が重過ぎる。
そんな俺を怪人に仕立てあげた、目の前の小さなヒーローは、顎に手を当てて何やら考え込んでいるようだ。言っとくが俺に演技力を求めたところで無駄だぞ。そんなもんはカーターさんあたりにでも頼んでくれ、と切実に思う。
「うーん……リアリティが足りないんだよね」
何を考えているかと思えば。この歳の子供からリアリティなんて言葉が飛び出てきた事に俺は驚いた。
やはり俺に演技力を求めているのだろうか。細めた目で俺の顔をじっとみつめるユウの目線が痛々しいほど突き刺さり、正直言って居心地が悪い。
「悪かったな。大根演技で」
「ああ、大丈夫だよ。もうお兄ちゃんに演技力なんて期待してないから」
そう淡々と語られては、苦笑いすら浮かばない。
何なんだ、この敗北感は……!
訳の分からないこの気持ちに今すぐ走り出したい衝動に駆られた。
そんな時だった。
ふわりと、目の前に誰かが止まったのだ。
いや、誰かなんて言わなくても、俺には雰囲気だけでもうわかっていたのだけど。
「お姉ちゃん!」
「クレアさん!」
ほぼ同時に叫んだ俺達に、クレアさんは笑顔を向けた。
にこりとはにかむ姿が眩しい。俺のさっきのもやもやした気持ちなんかどっかに吹っ飛んで行ってしまった。
「何してるの?」
「今ね、このお兄ちゃんとサイキョウオーごっこしてたの!」
ユウはキラキラと輝かせた目でクレアさんにそう言った。
グレイ君が?とキョトンとした目で俺を見るクレアさん。
「そ、その!付き合わされて……」
「グレイ君優しいのね」
必死に付き合いってのを主張したが、クレアさんが笑顔でそう言ってくれたからどうでもよくなってしまったりする。
思わず緩みそうな顔を頑張って引き締めてると、何故かユウの視線が突き刺さった。何なんだ、その蔑んだ目は……!
「あ、そうだ!」
ユウはそう言ってクレアさんを見上げた。
この、子供が何か閃いた顔をしてるときは必ずいい予感はしない。
「なあ、ユウ。俺忙しいからそろそろ……」
「ふーん。広場でうろうろするのが忙しいんだ」
「!」
逃げようとした俺に、ユウはニヤリと笑って痛いところを突いてきた。
慌ててクレアさんを見れば、小首を傾げている。
もう逃げ道は残されていない。わかったよと溜息混じりに肩を落とせば、ユウはにこりと笑って俺達を見ていた。
「お姉ちゃん、怪人にさらわれる役ね!」
「はあ?」
「私?」
ちょっと待て。
怪人て俺だよな?俺がクレアさんをさらうって言うのか。
ちょっとドキリとするシチュエーションに、俺は頬を赤く染める。演技上じゃなく本当にクレアさんをさらえればどんなに苦労しないものか……
こんな事を考える自分に虚しさを覚えた。
「はい、じゃあお姉ちゃん助け求めて!」
「え!?あ、た、助けて?」
いつの間にか始まっていたごっこ遊び。
助けを求めたクレアさんに、ユウはううん……と唸りながら厳しい顔をしていた。まだ何か気に入らないのか。
するとまた閃いた顔をして俺達を見る。今度は何だ……。
「怪人のお兄ちゃん。お姉ちゃんをちゃんと捕まえて」
「怪人のお兄ちゃんって……ってかクレアさんを捕まえる!?」
「じゃなきゃ意味ないよ!この間テレビでは怪人がお姉ちゃんの首をこうやってさあ……」
そういってユウは自分の首を腕で締め上げた。
ああ、あの人質を捕らえてる犯人みたいなね、とそれを見て納得する。
……のだが、それをクレアさんにしろと!?
冗談じゃない!そんなに密着したら俺の心臓がイカレちまう。やっぱり無理だとユウに言おうとしたその時だった。
じん……と左半分が暖かく感じたのだ。
「ユウくん。この位置でいいかな?」
「うん!ばっちし!ほら、お兄ちゃんは手!」
「え……あ……」
近い。近すぎる。
心臓の音が煩い。クレアさんにも聞こえてるんじゃないかっていうほど俺の心臓はけたたましく動いていた。
顔は本当に火がでるんじゃないかってぐらい熱い。
ぎこちなく動く腕は、やんわりとクレアさんの首に引っ付いて。無意識にそのまま抱き寄せるかのように力を入れ、クレアさんと完全に密着する。
これで完全に心臓の音ばれたな、と思ったけど、正直もうどうでもよくなっていた。
「卑怯だぞっ!お姉ちゃんをはなせっ!」
「そうはいくかっ!」
咄嗟にでた俺の台詞に、ユウの顔がパアッと明るくなったのが見て取れた。
少し、本音が混じったからだろうか。今までの棒読みから成長したそれに、リアリティとやらを求めていたユウに火を付けたようだ。
ヒートアップしたユウは、俺目掛けて何か技名を叫びながら殴り掛かってきた。正直、怪人ってことを忘れていた俺は、安易に避けてしまい、完全に空気が読めない大人となってしまったのだが。
そこではっとして役割を思い出し、ユウを見ると、ユウは「こしゃくなー」とそれ悪役の台詞だろ、と思わず突っ込みたくなる台詞を言って、今度は別名の技を繰り出した。
こんどこそ、と俺はユウのキックを足で受ける。ぶっちゃけ子供相手だけど、痛かった。
これで俺が倒れれば、このごっこ遊びは終了。
だけど、このまま終わらせれば、クレアさんから離れなくてはならないのだ。
心で激しく葛藤して、俺は倒れて終わらせることを決意した。その時だった。
「あ、メイ!」
我等がヒーローは遅れてきたヒロインを見つけて手を振っていた。
締めの言葉を言おうとした俺は、口をポカンとあけたまま情けなく突っ立ったまま。
そんな俺など露知らず。子供達はわいわいとはしゃぎはじめる。
「揃いましたね。ちょうどおやつできましたよ」
「わーい!カーターさん。今日のおやつは何?」
「メイね、クッキーだと嬉しいな!」
子供達の声を聞き付けてか、カーターさんはいつもの笑顔で二人を呼び寄せた。
おやつに釣られたヒーローは、もうすっかり子供に戻っているようだ。怪人なんて目にすら入っていないらしい。
「二人の分もありますから、どうぞ」
「え!あ、どうも」
ペこりと頭を下げると、カーターさんは笑顔のまま子供達を連れて教会の中へもどっていった。
おやつか……。甘いものには正直目がないから嬉しい。
よしと、教会へ向かおうと思った矢先の事だった。「あの、」と控え目に発せられた声に、俺はビクリと硬直してしまう。
「……近い、ね」
「……っ!」
すっかりわすれてた!!
ズザザと音を立ててクレアさんから離れる。
腕が、クレアさんが密着してた所が、妙にあつくて。なんだか胸が締め付けられる。
こちらを見つめているクレアさんの頬はキレイなピンク色に染まっていた。
恐らく俺の顔はトマトのように全面赤いに違いない。
そのまま硬直してしまった俺は何も言えない。その微妙な空気を打ち破るかのように、クレアさんはニコリと微笑んだ。
だがその笑顔も今の俺には逆効果だ。やかましくなる心臓音を聞きながら、ここでクリフから「ヘタレ」と言われた事を思い出して勝手に鬱になってしまう。
「グレイ君」
「クレアさん、俺……」
とりあえず謝ろうと口を開いた瞬間、笑顔のクレアさんはあろうことか俺の手を掴んだのだった。
繋がれた手。再び与えられたクレアさんの体温が、こんなにも心地良いなんて。
「おやつ食べにいこっか!」
「……うん」
俺をぐいと引っ張るクレアさん。それにされるがままの俺。
俺は確かにどうしようもないヘタレだけど、さっきクレアさんを抱き寄せたとき、離したくない、守りたいだなんていっちょ前に思ってしまっていた。
こんな今まさに引っ張られる奴が守りたいだなんて言ったら、クレアさん笑うだろうな。
もう一度、抱き寄せるヒーローのような勇気なんて今の俺にはないから、ちょっとだけ、思いが伝わればいいなと思いながら、俺はクレアさんの手をしっかりと握りしめた。
消化不良もいいとこだ
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