すっかり日も暮れ、外が涼しくなってきた頃。
仕事を終えたクレアは、食事をとりながら毎週楽しみにしているドラマを見ていた。
ドラマもいよいよ終盤に差し掛かってきた頃、テレビにのめり込んでいたクレアの耳にドアを叩く音が入って来た。反射的に眉間に皺が寄せられたが、クレアはゆっくりと立ち上がり、訪れた人物を確認しにいく。
「よお!クレア!元気?」
「……」
パタン。静かにドアは閉じられた。
慌ててドアの向こうの人物は再びドアを叩き出す。心底疲れたような顔をしながら、クレアは渋々ドアノブに手を掛けた。内心、ドラマを見たい気持ちでいっぱいである。
「夜這いなら間に合ってます」
「ちょっと待て!なんだ間に合ってるって。俺と言うものがありながら意味わかんないんだけど」
ドアを微かに開き目を覗かせ適当にあしらうクレア。
今度はドアを閉められないように、その僅かな隙間に足をしっかりと挟みながら、カイは慌てて突っ込んだ。
まるで押し売りセールの図のようだ。
クレアは横目でテレビを見ていたが、どうやら丁度終わったらしい。良いところを完全にカイに邪魔されたのだが、ここはドラマ特有の引きがあったようで、肝心な所は次回からのようだ。気分を害していたクレアの気が少し晴れた。
このままカイに足を挟まれていたらドアが壊れかねないので、ドラマも終わった所だし、観念したクレアはカイを家に招き入れる事にした。
どうやらカイも足を挟まれて痛かったようだ。解放されたことに安堵の表情を浮かべている。
そのまま部屋に戻ろうとしたクレアだったが、何故か腕を捕まれて動けない。振り返れば笑顔のカイと目があう。カイの意図がクレアにはさっぱりわからないようだ。目を丸くして何度も瞬きを繰り返している。
「じゃーん!これなーんだ!」
カイは手に持っているものを掲げて、クレアに見せた。
それはよく売っている花火セットで、色んな種類の花火が袋の中に纏まっている。
「花火ね」
「そ、正解」
じゃあ正解したご褒美に、となんだかよく解らないことを言いながら顔を近付けて来るカイの顔を、クレアは手慣れたように寸前で押さえ付けた。
何かもごもごと言っているようだが、クレアに押さえ付けられてるためしっかりと言えていない。
しかもクレアはお構い無しで、彼の持っている花火に目が釘付けの様だ。
「花火するの?」
「あ、うん。今から、しない?」
「うん。する!」
そう答えたクレアは目を輝かせてカイを見ていた。
予想以上に喜んでくれた事が嬉しいが、少しびっくりした。
ポプリならまだしも、彼女がこんな事で喜ぶとはとても思えなかったものだから。
垣間見えたクレアの子供っぽさに、可愛いなと思う。抱きしめたい衝動に駆られるが、先程の二の舞に成り兼ねないので、そこはぐっと堪えた。
「ねえ、カイ!早く」
「わかったって!そんなに引っ張んなくても大丈夫だから」
ぐいぐいと手を引かれ、カイは笑顔を浮かべたクレアの後について行った。
バケツに水を汲んでクレアはカイに早くと言わんばかりの顔を見せる。
それを見たカイは、つられて笑みを浮かべ、花火を取り出しクレアに一つ手渡した。
「よーし!火つけるぞ!」
そっと、カイはクレアの花火に火を近付けた。二人は食い入るように花火の先をじっと見つめる。
途端、激しい音共に、一気に火花が辺りに散った。
それは、暗い辺りを一瞬で明るくする。
「わあ、綺麗!」
思わず感嘆の声を漏らしたクレアは嬉しそうにカイを見た。こんなに喜んでくれるなら、持って来た甲斐があったというものだ。カイもニィと歯を見せて笑う。
暫く、大の大人二人が花火を持ってはしゃいでいた。
しかし、時間が過ぎるのはとても早く、手元にあった花火は次々とバケツのなかに放り込まれていった。
そして残りは線香花火のみとなる。
「ねえ、カイ。線香花火、最後まで落ちなかったら願いが叶うって知ってる?」
「ああ、知ってるよ。じゃあクレア!火、つけるから願いかけとけよ」
クレアに線香花火を渡し、カイは屈み込んで自分のとほぼ同時に火をつけた。
ぼんやりと辺りを照らし、控え目な音を出すそれは、妙にしんみりとさせる。
パチパチという音のみがその場を支配する。
ちらりと隣を見れば、真剣な表情のクレア。どうやら落とさないようにじっとしているようだ。
そんなクレアをみて、自然とカイの口元は緩む。
そんな時、急に風が吹いて、ぽとりと呆気なく二人の花火は落ちた。
一気に静かになったその場に、クレアのため息のみが聞こえる。
「あーあ。落ちちゃった」
「クレアは何を願ったんだ?」
「ふふ、内緒」
「ちぇー、ケチ」
クスクス笑い、その場に座り込んだクレア。
カイは何を願ったの?と聞き返せば、同じく内緒と歯をみせて笑って見せた。
ケタケタと笑いあったかと思えば、二人は同時に静かになる。
そっとカイは顔をクレアに近付けた。確認するように寸で止めるが、今度は手はとんで来ない。
そのまま、静かにクレアに唇を重ねた。少し胸を撫で下ろしたのはそっと内に秘め込んで。
柔らかいそれを味わうように口づけて、ゆっくりと離れる。目を開けば、恥ずかしそうにカイを見つめるクレアと目があった。
「今度は、大丈夫なんだ」
「……花火のお礼」
「お礼ならクレアからして欲しいんだけど」
そう言ってニヤリと笑えば、クレアは顔を赤くしてブンブンと顔を横に振った。その仕種ですら、カイの悪戯心を擽る。
目を閉じて、どうぞと自分の顔を差し出せば、クレアはたじろいだ。
逃げようにも、両手を掴まれているのでそれも敵わない。
ううっと唸り、クレアは少し考え込んだ。
こうなってしまったら、カイは否が応でも引かないということはクレア自身が一番よく知っている。
ついに観念したのか、クレアはそっと顔を近付けた。しかし、一瞬で離れたそれにカイはキョトンとした顔でクレアを見つめる。
「あれ…?口じゃないの?」
「頬でも構わないでしょ?指定しなかったカイが悪いのよ」
今度はクレアがニヤリと笑う番だった。してやられたカイは、よく頭に叩き込んどくよと小さく肩を落とす。
それでも尚、じゃあ今のお礼に、ともう一度近付くカイだったが、再び顔を押さえ込まれてそれ以上近寄れない。
「調子に乗らない!」
「……はい」
顔を解放され、ちぇーっと明らかに拗ねた表情をしてカイは頬杖をつき顔を背けた。
ちょっとやり過ぎたかなと少し反省をし、クレアは苦笑いを浮かべる。
「さっきのね、私の願い……」
拗ねたカイに、クレアは機嫌を直すようにと先程のカイの問いに答えることにする。
当然、カイはクレアの方に視線を戻し、黙って彼女の言葉を待った。
恥ずかしそうに一瞬押し黙ったクレアだが、まるで恥ずかしさをごまかすかのようにカイに微笑んでみせた。
「ずっと夏が続きますように……って」
言って直ぐさま、クレアは俯いた。
彼女の言葉の意図がわからないほど、馬鹿でもない。だからこそ、カイも思わず顔が赤くなるのを感じる。胸から込み上げて来る衝動を抑え切れず、カイはクレアを抱き寄せた。
ふわりと香る彼女の香り。ぎゅっと腕に力を込めれば、遠慮がちに自分の背中に手が伸びてきたのがわかった。
「クレア……」
口から出そうになった言葉を飲み込んで、変わりに笑みを零す。
必ず願いを叶えることを己に誓って、カイは更に腕に力を込めた。
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