シーツを両腕に抱え階段を降りていくランちゃんを横目で見て、危ないなと思った。
前、階段を踏み外してこけそうになっていたのを見たことがある。しっかり者の癖に、何処かランちゃんは危なっかしい。ついつい、目で追ってしまうのはもう僕の癖の様なものだった。
「ランちゃん、心配?」
「わっ!クレアさん!」
部屋に戻った僕に、いつの間にか訪れていたクレアさんが声をかけてきた。
急だったからつい間抜けな声をあげてしまってちょっとショックだ。(間抜けな声だなんてグレイじゃあるまいし)
僕がランちゃんを見ていたのに気付いたのだろうか。
僕の隣に腰掛けてきた(一応ベッドなんだけど)クレアさんは金色の髪を揺らして僕の顔を覗き込んで様子を伺っていた。
「あ、うん。その、妹に似てるから、なんか心配なんだよ」
以前にもクレアさんには話したことがある。ランちゃんが妹みたいだっていったら、何とも言えない表情をして、うーんと唸っていたのを僕は覚えてる。
そして今も、クレアさんはあの時と同じように唸っていて、なんだか不思議な光景だ。
「んー、妹…か」
「うん。僕にとっては可愛い妹だよ」
「なに?クリフ妹フェチ?」
ぶっ!とここで吹き出さずして何処で吹き出せと言うのだろうか。
なんだよ、フェチって。そしてなんだよ、対象が妹って。なんだか僕が変態みたいじゃないか。
クレアさんはたまに変な事を言い出すから怖い。
誰も想像も付かないこと言い出すもんだから、グレイなんかしょっちゅう慌てているのを目にしてる。
うん、でも気持ちわからないでもないな。こんな事言われて慌てずにはいられないよ。
そして本人は涼しい顔してるもんだからジョークかどうかも分かったもんじゃないし、余計質が悪いんだ。(多分今のは本気だろう)
とりあえず、どうしようかと僕は一先ず冷静になることに努める。クレアさんにばれないくらい、ゆっくりと深呼吸をしてみた。
さて、クレアさんをどうする?適当に流すべきだろうか。けどそうしたら僕に変なイメージが付いて終わりになってしまう。それだけは避けたい。先ず誤解を解こう。そう判断した僕はニコリと笑顔をクレアさんに向け、口を開いた。
「違うよ、誤解しないでよ」
「うん?違うの?」
「違うよ。妹は妹なの。それ以上でも以下でもないんだよ」
ちょっと強めに言ったが、これくらい言わないとフェチ云々の誤解は解けないはずだ。
相変わらず複雑な顔をしてるクレアさんだけどこれでちゃんと分かってくれただろう。(そうじゃないと困る)
クレアさんが何を言いたいかはわかるよ。
ランちゃんが僕に好意を持ってくれてるのを自惚れと言われるかもしれないけど多少は感じてる。
クレアさんもそれに気付いてるんじゃないかな。だからそれとなく僕らをくっつけようとしてるんじゃないんだろうか。(だからってフェチは可笑しいと思う)
「僕としては他人の事に気付く前に、自分のことに気付けって言いたいんだけどね」
「ん?」
ぽつりとぼやいては見たものの、やはりクレアさんは何とも思ってないみたいだ。
普通だったら気付くだろう?
エスコートしてみたり、感謝祭には男のくせに手作りを持って行ってみたり、花火を一番いい場所をとって一緒にみてみたり、聖夜祭の時なんかわざと目につく場所に出没してみたり。
今上げたのだけでも、僕結構頑張ってると自分で思うよ。
こんだけの事をしてもまだ僕の気持ちに気付いてくれてないなんて普通じゃないんだよ、クレアさん。
それでいて他の子とくっつけようだなんて、あまりにも酷過ぎやしないだろうか。
自分で考えておきながらあれだけど、なんだか惨めになってきた。
でもね、残念だけど、思い通りに行くわけにはいかないんだよ、クレアさん。
「クリフ…?」
どさりと音をたて、僕はクレアさんに覆いかぶさった。
誰が一目みてもわかるだろう。彼女が僕に襲われてると。僕も凄く大胆な行動にでたものだと思うが、仕方ない。クレアさんが鈍過ぎるんだ。
そして当の本人は遠慮がちに僕の名前を呼ぶものだから、僕は小首を傾げる。
この状況について聞きたいのだろうか。僕としては是非とも自分で考えてほしいのだが。
「どうしたの?気分悪いの?」
がっくり。まさに今の僕にぴったりすぎる言葉だ。だらりと纏めた髪が肩からずり落ちた。
どうしてこの状況でそんなことが言えるんだろうか。しかも顔をみたところ心配そうな表情を浮かべていて、どうも本気なようだ。悲しながら。
溜息をつきたいこの状況で、僕の心臓は跳ね上がった。
暖かい手が僕の頬に延びてきたから。それは間違いなくクレアさんの手で、彼女は心配そうな顔で僕を見ている。
「大丈夫…?」
ああ、君はどうしてそうなのだろうか。
普通、今の状況じゃクレアさんの方が心配される状況なのは間違いないのに。
そんな中僕の心配なんかしてる。急に気分悪くなって君を押し倒すわけないじゃないか。
鈍過ぎるけど、やっぱり僕はそんなクレアさんが大好きなんだ。ふっ、と零れた笑みにクレアさんは小首を傾げじっと僕を見つめていた。
頬に伸びた彼女の手の上に僕の手を重ねて、そっと彼女の頭元に下ろす。
キョトンとした顔をしてるクレアさん。やっぱり気付いてはくれないみたいだ。
こんなにも近いのに、君はとても遠く感じる。
僕だって手を伸ばせば、彼女の柔らかい頬に触れることが出来るのに。
顔を近付ければ、唇にだって。
「クレアさん。僕…」
もうそれ以上は言葉にならなかった。
まるで吸い込まれるかのように、ゆっくり、確実に僕はクレアさんに近付いたから。
あと3cm。お互いの吐息すら顔にかかる距離。
「クリフ!あーもう聞いてくれよ!」
「……」
「……」
「……チッ」
勢いよくドアを開け放ったのはグレイだった。
この状況を見て固まるグレイに堪らず舌打ちをする。ノックぐらい常識だと思ってた僕が甘いのか?キッ…と睨みつければ、グレイはびくりと肩を震わせた。
「クリフ、もう大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
ごめん、と呟き上体を起こせば、ゆっくりクレアさんも起き上がる。
離れた手が、異常に虚しく感じた。
「あ……その、俺」
「入るの、入らないの?帰るの?どっち!」
嘘。全然大丈夫じゃない。
随分余裕の無い自分に非常にムカついた。
目を泳がせながら入ってきたグレイは、キョロキョロと僕とクレアさんを見比べる。
言っとくが僕の邪魔してくれた代償はデカイからな、グレイ。
「えと、私、帰るね」
「え!?帰るの?クレアさん!」
「僕、送ろうか?」
「うんん、平気」
首を横に振ったクレアさんは、ストンとベッドから降りて僕を横切る。離れていく彼女に無意識に手を伸ばすが、僕の手がクレアさんに触れることは無かった。
結局、何も変わってないじゃないか。
さっきあんなに近くに居たのに、僕等の距離は少しも近付いていない。ドアノブに手をかけたクレアさんを見つめながら、もどかしさで胸が一杯になる。
その時だった。ドアノブを掴んだまま、ゆっくりと振り向いたクレアさん。そんな彼女の表情を見て、僕はつい固まってしまう。
「クリフ……また、ね」
そう残して彼女は部屋を出て行った。
パタンとしまる扉の音で漸く我に返ると、浮かぶのは先程のクレアさん。
おかしい……僕の見間違いか?だってあれじゃまるで……。
「なあ、グレイ」と未だボケッと突っ立って居るグレイに声をかける。名を呼ばれこちらを向いたグレイだったが、先程の光景を目の当たりにしたためだろうか。気まずそうに目を逸らすから一々面倒臭い。再び舌打ちをしたくなったが、それより聞きたい事がある。
「今、クレアさん顔赤くなかった?」
「あ、当たり前だろ!あ、あ、あんな事してれば」
そう言って赤くなるグレイにお前が赤くなってどうすると突っ込むことも忘れ、僕はほっと息をついた。
見間違いじゃ、なかったんだ。
良かった。なら少なからずクレアさんは……、そう思えば自然と笑みが浮かぶ。
訂正。僕等の距離は少し近付いたようだ。
灰色どころか真っ黒!
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