「私、不器用な人が好きなのかも知れない」
「は?急にどうした?」
流れ落ちる汗を首にかけているタオルで拭い、グレイはぽつりと零した私の言葉に反応した。
じっと黙って二人して見つめ合っていると、気を抜いたグレイはかなり熱せられた窯に手を当ててしまった。
アチッ!と小さく悲鳴をもらしたグレイの手をとり、慌てて水に当てる。蛇口から勢いよく流れる水が徐々にグレイの手を冷やしていった。
「あーじいさんいなくてよかった…」
ボソッとグレイは呟いた。幸い、サイバラさんは買い出しに出掛けている。かれこれ数時間でてるらしいので、おそらくエレンさんの所に寄っているのだろう。
「もう大丈夫みたいだ。クレア、ありがとう」
「え?あ、ああ。うん」
いつの間にか止められていた蛇口。冷たくなったお互いの手は少し感覚が麻痺していた。確かに大分冷やしたようだ。
グレイの手はうっすら赤くなっているぐらいで、大したことはなさそうだった。とりあえずほっと胸を撫で下ろして、グレイの手を解放する。
「なんか今日クレア変だな」
「火傷した人に言われたくないんですけど」
不思議そうに私の顔を覗き込むグレイ。
確かに今日の私は変だ。
じゃなきゃあんな事思うはずかない。今までの私なら、そんなこと思わない。
「で、何?俺に恋愛相談でもしたいわけ?」
「まさか。少なくてもグレイになんか相談しないわ」
「なんだよ!俺なんかって!」
俺だって人並みの恋愛はしてきたよ。と聞いてもない身の上話を開始する。意外だ。グレイから人並みの恋愛なんて言葉が飛び出るなんて。
グレイの話を軽く纏めると、最終的に振られるのはグレイだという想像通りの彼の恋愛だった。なんだか安心する。そしてやっぱりグレイに恋愛相談なんて無理だと改めて判断した。
「クレア好きな奴できたのか?」
「は?なんで?」
「だって、さっき不器用な奴がどうのって」
そこなんだ。
問題は好きなのかどうか全然わからないこと。そして何故そんな事を思ったのか。
だってこんなに近くにいても、手に触れてもドキドキとか胸のときめきとかいう類のものを全く感じない。
「わかんない」
「はぁ?」
「好きなのか…どうなのか」
そもそも不器用な人が好きってなんなんだろう。少なくとも今まで私がしてきた恋愛のなかに、そんな人は一人もいなかったはず。
不器用だし、ヘタレだし、青二才だし…。
そもそも私達は友達だ。今まで彼をそんな風に見たことなかったのに。やっぱり有り得ない。
「やっぱり有り得ないよ。多分私の勘違い」
「人騒がせだな。全く……」
「ごめん。お詫びに私がグレイの恋愛相談を受けよう!」
「いーよ。俺そんなの今興味ないから」
「なによ。興味ないくせに私の相談乗ろうとしたの?」
「クレアの話なら興味あるから」
そう言って、グレイは肩をならして再び窯の前へと戻って行った。
私の話には興味がある。きっと特別な意味なんてない言葉に、少し、ほんの少し胸が高鳴った気がした。
ああ、やっぱり私はおかしくなってしまったのかもしれない。
目の前で一生懸命仕事に打ち込むグレイに目を奪われてしまうなんて。
「グレイ、やっぱり勘違いじゃなかったかも」
「ん。そうか」
「うん。だから、」
グレイの顔をぐいとこっちに向けて、そっと顔を近づける。
帽子のつば、邪魔だなとか、口づけしながら余裕あるなと我ながら感心してしまう。
薄い唇からそっと離れれば、状況を理解出来てないグレイはきょとんと私を見ている。これまた想像通りで、自然と笑みがこぼれ落ちた。
「私、頑張るから、今度相談に乗ってね!」
呆然としているグレイに手を振って、私は鍛冶屋を後にした。
今頃理解して、慌ててるのかな?そう考えるとなんだか楽しい。
次、グレイはどんな反応をするんだろうか。私の予想では顔を真っ赤にして俯くんだろうけど。そしてグレイの事だから不器用ながらも話し掛けようと必死になるんだろうな。
唇に残った感触を確かめるかのように指で触れてみる。きっとしばらくは私の口を見てはグレイは思い出すんだろう。
さあ、次はいきなり好きって言ってみようか。
そしたらきみはどうするの?
なんか、ごめんなさい
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