齢十参 娘ノ末路



私は綾部喜左衛門の九人目、八女としてこの世に生を受けました。姉が七人、兄が一人で、女系兄姉の黒一点がすぐ上の喜八郎です。

女郎屋という商売柄、幼いころから匂い立つように絢爛豪華な世界で何不自由なく生きてまいりました。あれが欲しいと言えば手に入らないものはほとんどありません。

唯一手にすることの出来なかった太陽さえ、父様が海渡りのぎらぎらとしたぎやまんをかんざしに誂えて下さいました。

父様は人柄も素晴らしく、私たちに沢山の愛情を注いでくれましたがひとつだけ我慢のならないのは女癖の悪さでした。
私たち九人は皆、母様が違いました。


喜八郎と私がまだ五つの頃。
二番目の十三になったばかりの姉様が死にたい死にたいと繰り返し泣く姿を見たことがあります。

姉様の青白い艶やかな顔に怨みがましく開かれた瞳から落ちる涙で髪の毛がへばり付く姿は夜叉のように恐ろしく、喜八郎とふたり手を取り合って震えるしかできませんでした。
姉様は毎夜泣き通し、やがて静かにお嫁に行きました。

大人になった今、姉様は父様の慰みものにされていたことがわかります。三番目の姉様も、四番目の姉様も、十三になればみんなみんな父様の部屋に呼ばれるのです。ひたすら父様のおもちゃにされて、顔も知らない方の下へ譲り渡されるのです。

一番上の姉様は正妻の子だったのでそのようなこともなく、けれど傷つく姉様方を見て見ぬ振りをしていたのですから父様と同罪でしょう。

もとより姉様方は人の助けは当てにしておらず、当然実の母による救済も望めない状況でした。姉様方の実母は私も含め、ほとんどが見世で奉公する若い女郎でした。

普段入室を禁じられていた父様の部屋は、いつしか私にとって地獄の入口にしか見えなくなりました。


喜八郎と私が九つの頃。喜八郎は私をおいて家を出ていってしまいました。
その頃姉様方と折り合いの良くなかった私は泣いて行かないで欲しいと懇願しましたが願い虚しく喜八郎は行ってしまいました。唯一の拠り所を失ってしまったのです。

ひとりにされた私の喜びは、四季が廻る度にこっそり帰省してくる喜八郎との再会と、月に一度私にだけ送られて来る文でした。

水茎の後も繊細なそれを読む度に、私の中に喜八郎の思い出が共有されて渇いた心がうるおうようでした。

文箱に一通、一通と文を仕舞う都度に私の中の喜八郎への思いは満たされ溢れる程でした。
しかし文箱が重みを増すということは、確実に私が部屋に呼ばれる日が近づいていることの証明でもありました。


四季は巡り巡り中庭の桜が再び彩る季節を迎えました。私は十三に成ります。私の頭の中はもはや恐怖で埋め尽くされていました。

食事も摂る気分になれず、いつ呼び出されるのかというはっきりしない靄に足を捕まれたままで日々を過ごしました。

部屋に篭り今まで喜八郎から届いた手紙を読んでは涙するようになりました。そして今月の文が未だ手元に来ぬことにも身を引き裂かれる思いでした。

十三になった綾部家の娘の末路を喜八郎も知っています。だから便りを寄越さないのでしょうか。
穢された妹などいらぬと思っているかもしれません。

ならせめて、そうなる前に一目会いたいという思いが私の中で育ちはじめました。
せめて一目会い、私をきつく抱擁して下さったならそれが今生の別れとなっても構わない。その幸福を胸に死んでもいいとさえ思えました。


私が父様の部屋に呼ばれたのはその二日後です。初めて入る父様の部屋は驚くほどに質素なものでした。文机と南蛮貴人が使う寝台が一つおいてあるだけです。

採光の素晴らしい広々とした空間にも関わらず仄寒さを感じる室内に姉様方の悲鳴を聞いたような気がして私は父様から後ずさりました。

気づいた父様の腕が伸びてきて、私は咄嗟に隠し持っていた湯を浴びせました。熱湯とまでは行かずとも、つい先ほどまで火にかけてあったものですから相当のものです。

父様が怯んだ隙にその体を突き飛ばし、私は纏めておいた荷物を手に屋敷を飛び出しました。


喜八郎に会うと決めたのです。
会えないのなら今が私の死ぬときだろうと、覚悟はとうに決めてあります。


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