冷え症の女



お気に入りのタータンチェックのマフラーを巻いて、私は鞄に教科書以外のもろもろを詰め込むと教室を出た。

教室内はつい最近暖房を入れた為に暖かいが、一歩廊下に出ればひやりとした冷気に肌があわ立つ。
まだ秋の始まりだというのに、この冷たい空気は異常気象が関係しているのだろうか。

私はひとつ身震いをして急いで昇降口へ向かった。
寒いのは大嫌いだ。

朝はいてきたローファーもすっかり冷たくなっていて、靴下越しでも指先が冷たくなっていくのがよくわかる。
昇降口を出れば寒さは一層、風も強く砂埃が顔に当たった。

コンタクトをつけた目がひりひりと乾いていく。
はためくスカートからはパンツが見えているかも知れない。

こんちくしょうと思ってカーディガンのポケットに手を突っ込んだ。ガムのゴミが指先に当たる。
私の体温で暖かかったはずのカーディガンは冷たい風に晒されてあっという間に熱を奪われた。そろそろコートを出すべきか。

早く帰りたい一心で私は石畳の上を走る。
ちらりと横に広がる庭を見れば、いつの間にやら木々が紅葉しはじめていた。


「あれ?」


ふと目に入ったのは、正門の柱に寄り掛かっている見覚えのある赤い髪の毛。

うわぁ、ともゑだよ、何しに来たのあいつ。

嫌な予感がした。自然と歩みも遅くなる。
戻って裏口から出ようかとも考えたが、それより早くともゑが私に気付いたらしい。
にこにことしたあの甘ったるい笑顔で手を振ってきた。
しかたなくそのまま正門へ向かう。

ともゑの通う月華修学院と私の通う学校はまったく反対方向にあって、修学院からこっちにくるまで電車で一時間くらいはかかる距離だ。
この時間にここにいるということは、きっとともゑは今日学校をサボタージュしたのだろう。
馬鹿なんだから授業くらいまともに受ければいいのに、それも理解できないのはやはり馬鹿の成せる業か。

音楽プレイヤーを取り出して耳にイヤホンを突っ込んで、ともゑをシカトして正門を出た。
足が重いがどうにか小走りになる。
しかし当然ともゑは追いかけてきて、私の横にならんだ。

なにやら身振り手振り忙しく話しかけてくるが、ボーカルの歌声やメロディーで聞こえない、聞きたくも無い。

ともゑが不機嫌になるまでにそう時間はかからなかった。
ともゑは私の前に立ちふさがると、頬を膨らませて私の耳からイヤホンを無理矢理引っ張った。

あまりにも不愉快だったので、腕を組んでともゑを見上げる。
こうして態度で表さないと、このアホはわからないのだ。
いや、態度で表してもわからないかもしれない。


「何。ともちゃん何しに来たの」

「え? 何って、アザミちゃんと帰ろうと思って」


頬を膨らませていたともゑだったが、あっというまに笑顔になった。


「やだ。私ひとりで帰るし。てか学校まで来ないでよ。それでなくても私、普段から悪目立ちしてるんだから、男と一緒にいるの見られたらまた面倒くさいじゃない」

「アザミちゃん、タバコ学校にバレてんの?」

「まさか。うまくやってるもん。ともちゃんこそ、バレてんじゃないの? ともちゃんの女遊びハデすぎ」

「あははっ、まあ、桔梗ちゃんにはバレてるけどねー。何も言われないし?」

「ふぅん」


私は腕を伸ばして通せんぼをしているともゑの脇を通り抜けようとしたが、その度ともゑも身体を動かして私の行く手を阻む。
私が右に行けば左へ、左へ行けば右へと、まるで鏡みたいに動くともゑ。

ちくしょう馬鹿にしやがって、文句を言おうと顔をあげたところ、奴の伸ばした腕が腰に回り、ヤバイと思った瞬間捕獲された。

ヤバイ、これは非常にヤバイ。

ともゑの胸に鼻っ柱がぶつかり、痛い。
しかし今日はとても寒いので、ともゑに捕まった瞬間に感じた体温が心地よい。
ああくそ、なんでこいつはこんなにお子様体温なんだろう……。


「もう、アザミちゃん素直じゃないんだから」

「いいや、私は自分の本能に忠実だから。今すんごくともちゃん殴り飛ばしたい」

「こわーい。でもアザミちゃんじゃムリだよ。腕なんてすっごく細いもん。僕の方が力あるし」

「やってみなきゃ分からないもん。だから離して。殴ってみせるから」

「えー、やだよ。……ふふっ、アザミちゃん、あったかーい! 寒いからもうずーっとこうしてようよ」

「い、や、だ!」


身をよじっても当然腕から抜け出せるわけもなく、腕でつっぱねようとしたけどだらしなく垂らしていた腕も抱き締められた今じゃ動かしようが無かった。

そうやっているうちにもともゑの空いている手が髪の毛を撫でる。
ぞくりとしたものがそこから全身に走るけど、焦ってはともゑを喜ばせるばかりだから私は冷静になってともゑの足を踏みつけた。
小さな悲鳴が上がるけど、腕はしっかり身体を固定したままだ。


「いったーい!!」

「もう一回踏まれたくなかったら離してよ。早く帰りたい」

「アザミちゃんなんでそんなに凶暴なのー?」

「話聞いてよ」

「もうっ、僕怒ったよ。仕返ししてやるー!」


ともゑが首筋に顔を寄せて、ちょっとあんた何する気……言おうとしたけど、それより早く噛み付かれた。


「いっ?!」


てっきりともゑのことだから、キスマークでもつけるつもりだなと思っていたけどとんでもない。
キスマークの方がよっぽど可愛らしい。

噛み付き方は甘噛みなんてものじゃなく、左首に当たる歯が痛い。
さっと血の気が引いて、一瞬で体中が冷たくなった。
じんじんとした痛みから逃げようとするけど、逃げられないのはさっきの抵抗で分かってる。
それでも嫌でともゑの左足をかかとで踏み続けた。ともゑは離れない。

ガリッという音が聞こえたような気がして、すこし眩暈がする。
プチパニックの頭からは悲鳴を上げるなんて指令は出せず、ただずっと足を踏み続けていた。

目の前がぐらぐらして、ようやくともゑに解放されたときは5分くらい経っていた様に感じた。
実際そうなのかもしれないけど、きっと10秒もない出来事だと思う。
ともゑは満足げに唇の端を吊り上げる。

最後に噛まれていた部分を舐められたような気がして、恐る恐る首筋に手をやると、指先に真っ赤な血と唾液が付いた。
その血の多さに、心臓が大きく跳ねる。
ふざけたなんてレベルじゃない。
立派なケガに含まれるくらいの血液量だ。

こいつ、頭おかしい。

私はその血から目が離せなかった。
その赤だけが生々しく、周りはゆがんで見る。


「アザミちゃん、ひょっとしてケーキ食べた? アザミちゃんの血、すーっごくあまくってオイシイ」


情けないことに何も言えないでともゑを見つめていた。
首筋は当然まだ痛く、風が吹く度にひやりとするしジンジンするし、もう何が何だかわからない。

血の付いた手でもう一度そこを隠すように触れた。
指先がまた濡れる。


「ごちそうさまっ。もう、今日はいいや。バイバイ、アザミちゃん!」


後ろ向きに2,3歩下がって、ともゑはまた明日迎えにくるね、と言い残して走り去っていった。
後姿が小さくなり、大通りに出たところでタクシーを拾ったのが見える。
あっという間にその姿は視界から消えた。

血は止まる気配が無く、指の間にぬるりとしたものが浸透していく。
その傷口は熱を持ち、いつの間にやら冷え切っていた身体中が熱くなっていた。





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