BLACK DEVIL



「ともちゃん。まだエンコーやってんの? 懲りないね」


私の声にともゑは振り返って、屈託の無い笑みを浮かべた。

チュッパチャップスをくわえた唇の端が切れて、青黒くなっている。
大方、おねーちゃんのカレシにでも殴られたのだろう。

ともゑに関してはよくあることだから大して心配してやる必要もない。むしろ性病のほうが心配だ。


口元の青あざに、だらしなく広げられた襟元に沢山あるキスマークを見ればこいつがエンコーを続けているのは一目瞭然。
最近になってようやく落ち着いてきたと思ったのはどうやら気のせいのようだ。

地べたに座り込んでいるともゑの隣に腰を下ろす。

冬の始まりの風が冷たくて、ともゑに擦り寄ると甘ったるい香水の香りがした。
なんてこと、私の香水と同じニオイがする。
いったいどんな女と寝たんだ、こんなコドモっぽい香水をつけるなんて。


なんだかそのニオイが非常に腹立たしく、私は制服のポケットに手を突っ込んでタバコの箱とライターを出した。
この箱もあっという間に本数が減ってしまった。一本取り出して口にくわえて火をつけた。

ともゑはそんな私を黙ってみている。

口の中に甘ったるいチョコレートフレーバーが広がる。
おいしいのかおいしくないのか、正直なところ私にはよくわからない。

よく大人は「タバコはうまい」とか言っているけど、私の場合なんとなく吸いはじめたらなんとなく今までダラダラと吸いつづけているだけだ。
きっと自覚がないだけで、立派なニコチン中毒。


「アザミちゃんこそ、懲りずにタバコやってんの? カラダに悪いんだよソレ。なんかオジサン臭いしー」

「これ、オジサンタバコじゃないもん」

「え、オジサンタバコとかあんの?」

「セブンスターとか、ラッキーストライクとか?」

「ふぅん……」

「ともちゃんも吸ってみる? これ、外国タバコでチョコレートのフレーバーすんの」


はい、ドーゾ。


吸いかけの煙草をともゑの口元に運んでやると、ともゑはちょっとだけ悩んだような顔をして、でも結局好奇心に負けたみたいで吸い口に口をつけた。
タバコを持つ私の指先にともゑの熱を持った唇が触れる。

そして吸い込んだ瞬間、お約束のようにともゑはむせ返った。いっきに吸い込むからだ。

私も最初はそうだった。

葵のジャケットからくすねたタバコを、吸い方も知らないままに火をつけて思い切り肺まで煙を満たしたのだ。
重たい煙が肺を満たすあの感覚、今でこそ慣れたが当時は死ぬかと感じるほど不愉快なものだった。


「慣れてないのにいっきに吸い込んだら、そりゃ咽るよ」

「先に言ってよ……しかも、チョコの味なんてしないし! アザミちゃんの嘘つき!」

「お子ちゃま舌め。コドモにはわからんのよ」

「お子ちゃまじゃないもん」


ともゑが頬を大きく膨らませてふてくされる。
そんなに頬を膨らませて、切れた唇が痛みやしないか気になったが私がともゑの心配をするのも柄じゃないのでその頬を両側から押しつぶしてやった。
ぶぶぅと汚い音を立てて空気が抜ける。

ともゑの変な顔に私は可笑しくなって声を立てて笑った。
するとふてくされていたともゑもつられて笑い出す。


「アザミちゃん、タバコなんてやめたほうがいいよ。おねーさんも吸ってる人結構いるけど、みんなお肌ボロボロだもん」

「ともちゃんがエンコー止めたら、タバコやめてもいいよ」

「何ソレ?」

「私だけやめるの、なんか不公平じゃない。だから、ともちゃんもエンコーやめなよ」

「あっ、じゃあ、僕とアザミちゃんが付き合えばいいんじゃない?」


ともゑはひらめいたといわんばかりの嬉しそうな顔でそう叫んだ。

アホかこいつは。
何故に私がともゑと付き合わなきゃならないんだ。

私のこの不愉快さを前面に出した顔をみてもなお、ともゑは頬を高揚させて興奮気味に私の手をとった。タバコの灰が落ちる。


「却下」

「えーっ! なんで? なんで?!」

「あんたと付き合う理由が見当たらない」

「だって、アザミちゃんは口淋しくてタバコ吸うんでしょ? 僕は人恋しくておねーさんたちとエンコーしてるわけだから、利害の一致じゃない? アザミちゃんが口淋しいときは、僕がチュウしてあげるよ」

「ちょっと……やめてよ、ともゑっ……」


私の背に腕を廻して顔を寄せてくるともゑ。
背筋をざわざわとした悪寒が走る。
こいつとキスなんて、冗談じゃない。

身を縮めて、空いている手でともゑの顔を押し返した。
丁度切れた唇に触れたらしく、ともゑは身を引いた。
そして背中に廻した腕を緩める。

ともゑは怖い顔をして私を見ていた。小さい舌打ちが聞こえる。


「…………アザミちゃん、感じ悪い」

「何とでも言えば……」

「何? 僕がイヤなの? それもキスがいやなの?」

「どっちもっ!」


タバコを踏み潰して、私はともゑから逃げるように走り出した。

タバコはまだ十分吸える長さだったけど、見ず知らずの沢山の女と触れ合ったような唇がくわえたタバコ、気持ち悪くてもう一度吸おうなんて気にはならなかった。

ましてそんな男とキスなんて、たまったもんじゃない。





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