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あたしたちを出迎えてくれたのは、真砂子のいう「大橋さん」という年配の男性だった。

大橋さんに一通り自己紹介をして、そこで初めてリンさんのフルネームと出身地、そしてリグがドイツ国籍のオンナだということを知った。

まさかリグがドイツの人とは思ってもみず、てっきりアメリカとかイギリスあたりかなーなんて思いこんでいたので大層驚いたわけ。

それよりも驚くべきはリンさんが香港人だということだ。日本人だと思ってまったく疑ってなかったからね。

綾子と二人でこそこそそんな話をしながら大橋さんのあとを付いていく。広い屋敷内をいくらか歩いて、やがて大広間へと通された。

開いた扉の向こうにいるわいるわ、みるからに胡散臭い連中。(おっと失礼。)あたしたちも含めてざっと20人程度といったところだろうか。

お坊さん姿の人はまだいいけれど、合掌した手にヤケに長い数珠を握りながらブツブツ呟くおばさんおじさんには参ってしまった。あまりにも胡散臭い。

このお屋敷はあんな人達に頼らなければならないほど逼迫しているのだろうか。大橋さんや、広間にいた職員と思われる人達の顔色をみるかぎりはあまりそうは思えない。外面を保っているだけかもしれないが、どのおじさんたちも穏やかに職務に当たっている。

目玉だけ動かして当たりを見回すと真砂子と目が合った。数日ぶりの再会に手を振ろうとしたのに真砂子はそっけなくよそを向いた。なんなんだアイツは……。行き場をなくしたあたしの右手は虚しく空気を掴む。

文句を言ってやろうかと右足を踏み出すが、

「全員お揃いになったようなので、始めさせていただきます」

その声に促されあたしたちは近くにあったソファに腰を置いた。


「まっさか、オリヴァー・デイヴィスまで引っ張ってくるなんてねぇ。さすがは元総理大臣なだけあるわね」
「総理大臣ってこんな胡散臭い業界と繋がりあるわけ?」
「アタシに聞かないでよ」

あたしと綾子はかのデイヴィス博士を盗み見ながらそんな話をしていた。視線の先の博士は柔和な笑みを絶やすことなく、南さんを通訳に挟んで周囲からの質問に快く答えていた。

あの胡散臭い霊能者連中のなかに、まさかデイヴィス博士がいるだなんて誰が想像できただろうか。

オリヴァー・デイヴィス。英国心霊調査会の重鎮。PKとESPを使う数少ない能力者。……と、まあ、あたしの知っていることなんてその程度なわけだけど、少なくともああやって取り巻きができちゃうくらいの超有名人なのである。

大橋さんやほかの職員のおじさんたちに一人、二人と部屋に案内され喧々としていた大広間も少しずつ本来の静けさを取り戻してきた。

デイヴィス博士の取り巻きも名残惜しそうにおじさんたちに連れて行かれてしまった。ようやく解放された博士は少しだけ疲れたような笑顔を浮かべて紅茶を口にすると席を立った。南さんを連れて、ん? こっちに来る……。

「やあやあ、どうも」

話しかけてきたのは「いかにも」な方……南のおじさんだった。そして相手はあたしたちじゃない。ジョンとリグに向けられた言葉だった。

「博士が、まさかこのようなところで海外の人とお会いできると思っていなかったと喜んでいましてねぇ。ああ、こちらは先ほど紹介に与りましたオリヴァー・デイヴィス博士です。私は南と申します……と、お二人、日本語は?」
「ボク、ぼちぼちです。彼女はとっても上手です」

にっこりと返したのはジョンだ。

「ああ、よかった。博士がぜひお近づきになりたいと言っていましてね。いやあ、これは名誉なことですよ。デイヴィス博士と交遊関係を築ける人はそういませんからね。なんでしたら私が通訳いたします……おっと、お二人には必要ありませんね。失敬失敬!」

よー喋るおっさんだな……。あたしは呆れて南さんの顔を見ていた。綾子を振り返れば、抱いた印象は同じらしい。小馬鹿にしたように肩をすくめて見せた。

なんというか、デイヴィス博士はともかく、このおじさんがまっとうな心霊調査を出来るようには見えないんだよなぁ。そりゃ、見た目で人を判断するのはいけないけど、こんなにペラペラ喋って……なんというか、軽い感じが良い印象を受けない。

デイヴィス博士は英語で簡単に挨拶すると(ハローしか聞き取れなかった)、まずはジョンに向かって右手を差し出した。同じようにジョンも挨拶を交わし、右手を差し出した。

けれどその手は握手を交わすことなく別の白い手に遮られた。リグだ。すっと伸びた手はどこか色っぽい仕草でジョンの手を掴み、そのまま腕を絡め捕った。

ジョンも、博士も、そしておじさんも驚いた顔をしてリグを見た。リグは実にそっけない態度でそのまま自分の方へジョンを引っ張った。

「ジョン、トイレ行こう」
「えっ、そ、それだったら麻衣さんとか松崎さんに行ってもらったほうがよろしいのと違います……?」

人のいいジョンは可哀想に、リグと博士たちとの間に挟まれてしまった。しかもリグ、あんたトイレって、ジョンが可哀想すぎるだろ。

「じゃあどこか散歩行こう」
「え、えぇ?」

リグは呆気にとられている博士とおじさんをちらりと見て、わざとらしく(つーかわざとだな)肩にかかった髪の毛を盛大に靡かせるとジョンを引きずって行ってしまった。

呆気にとられたのはあたしたちも一緒だ。何をあんなに目くじら立てているのだろうか。まあ、あのおじさんと関わりたくない気持ちはなんとなくわかるけど。

リグが部屋を出ようとしたところでトイレに立っていたぼーさんと安原さんと鉢合い、さらに大橋さんも戻ってきたのであたしたちはそのままベースとなる部屋へ案内されることになった。





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