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「日本にこんなお屋敷があるんだねぇ……」

あたしは目の前のお屋敷をみて思わずため息をついた。

レンガ造りの重厚感、ところどころ蔦が覆うどこか童話的な雰囲気、そして無数に突出する不思議な煙突がなんともいえない奇妙な空間を作り出している。この鬱蒼とした森の中には出来過ぎた建物だ。

夏休みに調査した森下邸もなかなかの邸宅だったけれども、今回のこれはあまりにもスケールが違いすぎた。お屋敷、お城、五ツ星ホテル。そんな言葉がぴったり当てはまる。

このまま海外ホラー映画の舞台に使えそうだな、とあたしはひとりウンウン頷いた。

どうやらそんなくだらないことを考えていたのはあたしだけではないようで、

「夜中にさ、ジェイソンとかフレディとか出てきそうだよね」
「やっぱり?」

長時間の移動にこり切った筋肉をほぐすように伸びたリグはこちらを振り返って頷いた。

金色の髪の毛が春先の柔らかな風に吹かれてなびく姿はこれまたこのお屋敷にマッチしていて、なんかの物語の主人公になれそうだった。たとえば、このまま赤い頭巾とワンピースを着せておばあさんの家を探しだしそうなかんじ。

もちろん、手に持ったカゴの中身は拳銃とかそういう物騒な赤頭巾ちゃんだ。


今回の調査はSPR――渋谷サイキックリサーチの所長ナル、リンさん、あたしの3人以外に、毎度おなじみの協力者、坊主のぼーさんに自称巫女の綾子、エクソシストのジョンと前回の依頼者で「偽所長」の役を任命された安原さん。(お茶の間霊媒師の真砂子もいるんだけれど、別口で依頼をうけているのだ)

そして四日前に突如としてSPRに現れたリグだ。

リグ。本名はブリジット・ローウェル。性別女。十八歳。好きな食べ物はフルーツ全般。金髪……というよりは金髪に近い茶髪、お目目はグレイ。紛うことなく正真正銘の外国人である。ジョンと違って日本語はペラペラ。愛称のリグはBRIGITTEのRIGから。

森さんが依頼を持ち込んだのが六日前。で、その次の日に再び事務所を訪れた時に彼女を連れてきたのだ。

玄関のベルを鳴らしてあらわれた森さんの後についてお人形さんみたいなリグがいるのを見て、真面目に(主に影武者計画の)打ち合わせをしていたあたしたちは一瞬ボーゼンとしてしまった。

紹介するわね、なんて森さんが言うより早くリグがものすごい勢いでナルに抱きついたのをみて更にボーゼン、ガクゼン。

てめっ、いきなりうちの所長サマになにをしてくれてんだぁ!

思わず腰を浮かせたのを後ろからぼーさんに抑え込まれた。

あたしなんてもう一年近く一緒にいるのに、そんなことしたことないぞ! そりゃ、バイト先の雇用主としがない従業員なわけでそういう関係じゃないから当たり前だけど……。ってなんか現実を再認識したら悲しくなってきた。

ナルが迷惑そうに眉を寄せているのを見て少しだけ安心する。リグは英語で何か一生懸命に話しかけ、ふうと一息つくとナルの左頬にくちびるを寄せて……。

「ああっ! 思い出したら腹立ってきたっ!」

そうっ、あろうことかリグはあたしたちの存在をまるっと無視してナルにキスをしたのだ。思わず身体が硬直する。

いっ、いま何をした? うしろからぼーさんが話しかけてくるのも耳に入らない。

「やめろ」

ナルは一言だけそう言って未だ首根っこにぶら下がったままのリグの肩を押した。リグは大人しく絡めた腕を外す。

「まどか。どういうつもりだ」
「やだ、この前電話したじゃない。連れて来るわねって」
「僕は断ったはずだが」
「あら、リグならナルもリンも出来ないことができるじゃない。仲間は多い方がいいでしょ」

という具合に笑顔全開の森さんと不機嫌全開のナルとで内輪モメが始まってしまった。

その間リグはリンさんに、さっきナルにしたように抱きつこうとしてうまいこと避けられていた。さすがはリンさん、やりよるな。

ナルが森さんに言いくるめられている姿を見ながらあたしは少しずつ冷静さを取り戻していった。だって、目の前にいるのは外国人だもん。あれは挨拶、あれは挨拶……。そう言い聞かせて深呼吸をした。

ナルが完全に言い負かされたのを見届ける。そして森さんはあたしたちの方を振り返り、ようやくリグを紹介してくれたのだ。

「どうしたの麻衣ちゃん?」

あたしの思い出し怒りに、数歩前を歩くリグは立ち止まった。

「いんや、なんでもないよぅ」
「そう?」

あのときは妙な殺意が湧いたりもしたけれど、基本的にリグが大雑把、いや、おおらかで誰とも壁を作らないフレンドリーな性格だったのでこの四日間で随分と親しくなれたような気がする。うん。一緒に渋谷の街を歩いたし、カラオケも行ったし。初対面の人と一週間足らずでそこまでしてるんだから、上出来だよね。

ほかのメンバーともけっこう仲良くしてるみたいで、とくにジョンなんかは「なんやお仲間が増えたみたいで嬉しいです」と和気あいあい、和やかな空気を生み出していた。ジョンとリグが二人並ぶと美男美女、なんともお似合いだ。

「真砂子、もうついてるかな?」
「さぁ……」
「あたしね、真砂子大好きなんだ。だって、お人形みたいで可愛いじゃない? なんだっけ、ナントカ人形」
「市松人形」
「そう、それ。日本美人ってやつ?」

色の薄い瞳を眩しそうに細めながらリグは屈託なく子供みたいに笑う。

たしかに真砂子はお人形さんだな。でもリグ、その人形はあんたに呪詛をかけるかもしれないよ。

リグは真砂子のことを気に入っているみたいだけど、真砂子はといえばリグのことがキライだ。多分。

直接口にして嫌いと言ったのを聞いたわけじゃないけど、真砂子もあのキスシーンを目撃していたのだ!

リグの紹介を聞きながら冷静になったあたしが真砂子を見た瞬間、背中を冷たいものがかけていったもん。

唇をぎゅっと噛み締めて、着物を握りしめた手は膝の上でわなないている。真砂子の気持ち、わからいでもないけどあんた怒りすぎじゃないかい? なんてことは怖くて口にして言えなかった。

思い出すだけで体中の血液が凍りつきそうな声で、

「ナル。こちらのローウェルさんとはどういったご関係なのかしら」

なんて聞いちゃうんだもん。

「すごい勇気だよね。恋するオトメは怖いねぇ麻衣さんや。あんたも聞いたらどうだい?」

真砂子の発言を受けてあたしに発破をかけるのは同僚のタカだ。よけーなお世話だいとタカの脇腹を小突いてやる。

「どういうも何も、原さんより以前から親しくお付き合いさせていただいている友人ですが」

こいつ、「親しく」を強調しやがったな。なんちゅー奴だ。そんなに真砂子が苦手か。

しかし、あたしもその「親しく」がひっかかるぞう。親しくってどのくらいよ。まさかお互いの家を知ってるとか? いや、そのくらいならいいけどさぁ……。

「あら、あなたたち付き合ってるんじゃなかったの?」

爆弾投下。

な、な、なんですと!

皆の視線が森さんに向けられた。森さんはにこにことしながらナルに問い掛ける。ああっ、なんて汚れのない目をしてるんだこの人は。

あたしたちは固唾を呑んでナルの反応を待った。相変わらずの無表情がそこにある。

「どうしてそうなるんだ」
「だって、リグが言ってたわよ。ナルと二人で出かけたんだって。あなたの家に遊びに行ったとも言ってたわ」
「リグ!」

お、珍しく怒ってる。強く名前を呼ばれたリグは悪びれた様子もなく。

「だって事実じゃない」

と宣った。

そこであたしたちは初めてリグが日本語を話せることを知ったわけだ。見た目で人を判断しちゃいけないね。

「いつ、僕がお前を『遊びに』誘ったんだ? 仕事以外で僕がお前を家に招いた記憶は一切ない」
「そーだっけ?」
「……誰かと勘違いしているんじゃないか。それにお前が物事をどう捉えようと構わないが、それを曲解したまま他人に伝えるのはやめろ。ここは短絡的思考の人間が多いんだ。妙な誤解は面倒だ」

……なんで短絡的っつた時あたしを見たんだナルちゃんよ。話の流れとしては真砂子を見るべきじゃないのか?

「その冷たい性格変わらないよね。久々に会ったってのに。リンも相変わらずだよねー。まどかには優しいのに!」
「そんなつもりはありませんが。女性に対する礼儀と子供に対する接し方を分けているだけです」

お、リンさんの毒が。

「……だって。まどか、こういう男どう思う?」
「あらあら、リンもナルも素直じゃないんだから。そんなんじゃそのうち谷山さんにも高橋さんにも愛想つかされちゃうわよ」

……まぁ、そんなやり取りが初日にあったわけだ。

その日、結局真砂子は機嫌を損ねてさっさと帰ってしまった。しかし、そんな真砂子のおかげであたしたちは収穫もあったんだ。

ナルに対する真砂子の強気な態度を見て、真砂子が退場したあと「ナル、弱みでも握られてるの?」とリグが聞いたのだ。それにナルは苦い顔をして、リグと森さん、リンさんと4人、機材室にお篭りしてしまった。

間違いないなとあたしたちはヒソヒソ話。扉の前で聞き耳を立ててみたりもしたけれど、生憎機材室は防音なのだ。密談が聞こえるわけもなく、その日はそれでお開きとなった。

……そういや、あたしたちリグの基本的なプロフィールしかしらないんだけど、そもそもなんで森さんが連れてきたんだろう?

ナルといいリンさんといい、プロフィール不明のうさんくさい人間が運営するうさんくさい事務所なのに、新しいメンバーもナゾが大半のうさんくさい人間ってどうなんだ?

そしてそんなところで働いてるあたしもうさんくさい人間に含まれてしまうのだろーか。

だとしたら心外である。





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