届かない指先





快斗は変装してレストランの入り口まで走ってきた。勿論キッドの仕事を速攻で終わらせ、読んで字のごとく『飛んで』来たのだ。


(それにしても…なんか事件があったらしいな、まさかこっちにも警察がいるとは…)


屋上から降りてくる時は細心の注意を払ったがもう大丈夫だろうと、レストラン内に入って周りを見渡せば、窓際のテーブルのひとつに座る雛を簡単に見付けることが出来た。


(なんだ、一人じゃねえか…、)


工藤が居ないことに少しほっとしたが、何か気になる。
窓の外を眺めながら、何か考えているように見えたからだ。


思わず傍を通りかかったウェイターに声をかけた。

「すみません、あの彼女…ずっと一人で?」


「え?あぁ……いま事件が起きているでしょう?お連れ様が探偵でそちらに行かれていて…戻ってくるのを待っていらっしゃるんですよ」


「あぁ、事件のね…」

(また雛を置いて事件か…てか、毎度毎度巻き込むんじゃねぇよ…)


「こんな事を言っては失礼ですが…ナンパしてもだめですよ、お客様」


「えっ?」

若い成人男性の変装はもしかしてあらぬ誤解を招いたのかもしれないと内心冷や汗をかいたが、予想に反して彼女は悪戯に笑みを浮かべた。


「彼女は伝説のカップルの再来かもしれないんですから♪」


その言葉に快斗はぴくりと眉を上げる。


「…それ、どういう意味ですか?」







トン、トン…と白いテーブルクロスを指先で叩く。

ウェイターから聞いた話は、自分を更に不機嫌にさせるものだった。

同じテーブル、同じ状況…工藤が何かしら接点を含ませている可能性は大だ。まさかとは思うが、戻って来次第プロポーズだなんて俺が断固阻止してやる。


イライラと珈琲を口に含みながら少し離れた席の雛を盗み見ると、先程と変わらず窓の外を見ていた。


(…んだよ、その顔)


面白くない。


夜景を眺めながら工藤を待っているのだろうか。


アイツを想いながら、きっと事件を解決してくると信じて。


このまま手を引いて無理やり連れ帰ったら、雛は怒るだろうか。


(雛……オメー、あいつの事が好きなんじゃねえよな…?)




*  *  *




その頃新一は無事に事件を解決したのも束の間、一人ビルのトイレへと姿を眩ませていた。


推理を披露する前から胸の痛みは酷くなる一方で、身体の熱さに汗が止まらない。ドックン、ドックンと体ごと早鐘を打つ心臓を抑えるように服の胸元を掴む。


(頼む…オレの体…もう一度鎮まってくれ…あいつが…あいつが待ってんだ…)

自分を待つ雛が脳裏に浮かぶ中、痛みに歪む顔が鏡に映る。


(今、コナンに戻るわけには…いかねーんだよ!!!)


「!?」

鏡の自分越しに、時計を見るコナンが映った…いや、勿論コナンではない。


「は、灰原!? おまえ どうし…て…」しかしもう力が入らない体と共に、新一の意識は薄れていった。


ズッ、と洗面台にもたれ掛かるように倒れこんだ彼に、哀はピッと測っていた時計を止めながら近づいていく。


(24分オーバー…これくらいは許容範囲ね…これは貸しにしとくわよ…江戸川君?)





「ねえ聞いた?事件解決したらしいわよ!」

「え?ホントですか?」

「いよいよ会えちゃうわね、あなたのカレシに!」

「いや、そんな…彼なんかじゃ…」


「……え? コ、コナン君!?」


ウェイターと話している雛の元に戻ってきたのは、哀の変装ではないコナンだった。


「あ、えっと…なんか新一兄ちゃん、この前まで関わってた事件が大変な事になったって慌てて出てったよ!バカだよねー…」ウェイターが傍に居るからだろう、コナンとしての会話に雛も「そう…」としか返せなかった。

やはり薬は試作品、哀が計算していた通り、いつまでも元の姿という訳にはいかなかったのだろう…そんなことを考えていたのが悲しげに見えたのだろうか、コナンが必死に話しかけてくる。


「あ、あのさ…新一兄ちゃん言ってたよ…。いつか…いつか必ず絶対に…死んでも戻って来るから…それまで雛に待ってて欲しいんだって…」


「コナン君?」

きょとん、と首を傾げる雛とは反対に、コナンは必死に言葉を選んでいく。


「だから…だからね…」


「もう、そんな顔しなくても話くらいいつでも聞くから良いのに」


「いや、それは…っ」


「ほら、デザート食べて帰ろ? …あ、すみませんメニューを…」


向かい合って座る兄弟のような彼等を横目に、ふ、と息を吐いた一人の男性が席を立って行った。





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