空回りする彼の想い





「雛っ! 阿笠博士っ!!」


哀が来てから五日目の夜の帳が降りたころ。

奥のキッチンで博士たちの晩御飯を用意していると、邸内に叫び声が響き渡った。


「…新一、?」


部屋の空間に視線を漂わせてみるが、此処には彼女一人だった。




雛は数日前に黒羽邸に帰宅したものの、哀の初登校日……つまり新一との話し合いが気になって再び阿笠邸を訪れていた。

もちろん連絡を入れていたとはいえ、数日外泊してきた雛に、快斗の機嫌が最悪だったのは言うまでもない。

今日だって、迎えに行くから用が終わったら連絡しろ、なんて過保護に言われているくらいだ。



――彼女が、その不機嫌な理由に気づけば、もしかしたら少しは治ったのかもしれないが――




キッチンの扉を出て玄関傍のリビングに向かうと、口をあんぐり開けて固まっている彼の姿があった。

博士もちょうどトイレから出てきたところらしい。



「おぉ!なんだ新一、今頃」


「博士…雛…無事だったのか…」


「無事って…どうかしたの?」







「はっはっはっはっは!!」と大声で笑う博士が、電話回線が繋がらないことを楽しげに説明する。


「ただいま、」
哀が玄関を開けて帰ってきた。


「おかえり、哀」


「おぉ!お帰り、哀くん。 どうじゃった、学校は?」


「結構楽しめたわ」


訳が解らないといった新一に博士が哀の話をし始める。

その横で、ソファに腰かけた私と哀も話し始めた。


「雛、あなた家に帰ったんじゃなかったの?」


「そうだけど、なんだか気になっちゃって…だめだった?」


「…そんなことないわ」


ふふ、と自然に笑みが零れた。


まだ気を張り詰めたままであろう哀も、少しずつ打ち解けてくれたら嬉しい、なんて新一の答えも聞かずに思ってしまう。




「──んなこと聞いてんじゃねぇ!! なんで黒づくめの女が博士の家にっ!!?」


とうとう声を荒げた新一が、博士に吠えた。


哀が広げた雑誌に目を落としたまま、口を開く。


「拾ってくれたのよ」


「…雨の中、あなたの家の前で私が倒れていたのを。…彼女と博士がね」


「俺の家の前だと…?」


哀が目を細めて新一を見やると、一気に空気が冷たくなった。



「…雛、遅くならないうちに帰りなさい。私は大丈夫だから」


「…哀、」



恐らく彼女はこれから詳しい話をするのだろう…。哀と新一を一瞥すると、ソファに沈んだ身体を起こして玄関に向かった。


「おぉ、雛くん! 世話になったな!」と声をかけてくれる阿笠博士に挨拶をしてそのまま歩みを進めると、後ろから新一に手をひかれた。





「…なんで黙ってたんだよ」


「新一、」


「──解ってんのか!?下手したら本当に殺されてたかもしれねぇんだぞ! 博士と一緒になって隠し事しやがって!!」


彼にこうやって怒鳴られるなんて初めてで、言葉が出ない。


(謝らなきゃ…、)


「……っ、いつもいつも心配ばっかかけやがって…!!」


もういい、とその身を翻して背中を向けられた。



新一、と声にならない呟きで彼を追おうとするが博士の元に歩いていく背中から滲み出る怒りが伝わって身体が動かなかった。


困ったような表情の博士と目が合ったが…首を振ったところを見ると、出直した方が良さそうだ。



一度目を瞑って息をつく。


こちらを見ようとはしない彼をもう一度見やると、踵を返して玄関の扉に手をかけた。







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