囚われの林檎姫





快斗は高校から帰宅後私服に着替え、自宅リビングの椅子で寛いでいた。



葬儀から数日経ったが、快斗は雛に会えてはいなかった。


雛に付き添う母親が同じだけ帰ってくることはなかったが、今日帰るとの連絡があったので彼女のことを聞けるのではと、こうして待ちわびている。





「たっだいま〜、快斗ーっ」



玄関から明るい声と、ガチャリと部屋の扉を開ける音が聞こえて振り返る。



「母さん!遅かっ…た、……雛、ちゃん…?」



「…こんばんは、快斗くん」



中に入ってきたのは雛ちゃんだった。
お邪魔します、と遠慮がちに言う彼女の後ろにニッコリと笑う母さんがいる。



驚く俺を余所に二人も椅子に腰掛け、口を開く。



「あのね、快斗。雛ちゃん…うちに住んでもらおうと思うの」



「…は!!?///」



「…今までずっと、雛ちゃんとこれからの生活について話し合っていたのよ…本当は何度も断られてたんだけど…。でも、とてもじゃないけど一人で生活なんて危なくてさせられないじゃない! うちなら快斗が居るし生活するのに不自由はないでしょう? 私も海外と家を行き来するから、ずっと居ない訳じゃないし」



要するに、雛ちゃんたち家族が住んでいたメゾネットタイプマンションの部屋は遺品と彼女の心の整理がつくまで暫く借りたままにし、財産管理は母さんに相談しながら彼女自身がするのだそうだ。

生活していくのに困らないだけの資産が遺されていたようだが、うちに住めば最低限の支出だけで生活の心配は要らないし、うちにとっては彼女が家事を請け負ってくれるので助かるということだった。俺にとっては願ったり叶ったりだ。



(いや…待てよ、母さんが海外に行ってる間は雛ちゃんと二人きり!?////)




高校が違えど、彼女と同じ家で暮らせるなんて夢のような生活だ。



急な話についていけない俺が口を開けたままポカンとしていると、目が合った彼女が不安に思ったのか「千影さん、やっぱり…私…」と声をかけた。母さんが俺をじろりと見る。



「快斗。あなた今の話を聞いてどう思ったの?」


「えっ、…あ、いや勿論賛成だぜ? 俺も心配してたし、」



「ね、雛ちゃん!快斗もこう言ってるし…どうかな?」



雛ちゃんがもう一度ちらりとこっちを見たので、慌ててニコリと笑う。
迷っているのか…ここで引き止めなければ出て行く気だろうか。



彼女はきゅ、と目尻を下げて一瞬口を噤んだが、深呼吸をして俺と母さんを見ると頭を下げた。




「お言葉に甘えます…っ、よろしく、お願いします…」







引っ越しは休日に行うことになった。
早速晩御飯の支度を手伝おうとしていた雛ちゃんの隣で、母さんが今日は疲れてるだろうからと言って俺に目配せをしてきた。



気遣いを有り難く受け取り、彼女を二階の自室へ連れてあがる。ゆっくり話す暇もなかったし…そういえば部屋へ通すのは久し振りだな。



「ごめんね、快斗くん。いきなり一緒に住むだなんて、私…」


「良いって!でも、俺のこともちゃんと頼れよ? 今回のことだって最初、言わなかっただろ?」



「うん、…ありがと」



そう応えてふわりと笑う彼女の笑みは自然で、幾分落ち着いてきたのだと安心する。
しかしずっと気になっていたことを思い返して、快斗はゴクリと唾を飲んだ。言葉にする前から心臓がヒヤリと冷える気がする。




「…雛ちゃん…斎場で会った工藤って……もしかして、その…彼氏…とか…?」




『高校生探偵!』の文字が踊る新聞の一面を飾る男だ(しかも女の子のファンが多いらしい)。そんなことを耳にしては眠れない夜を過ごしていた。


俺の言葉に一瞬キョトンと首を傾げた雛ちゃんが笑う。



「ふふっ、違うよ。新一がすきなのは蘭だもん、二人も幼なじみ同士なんだよ」



そっか、と内心少しホッと胸を撫で下ろすが、俺はあの日の様子で工藤の気持ちが彼女に向いていることに確信を持っていた。



なんにせよ俺が早く彼女を手に入れればいいだけだ。幸い、これからは一緒に居られる。






彼女を労りながら少しの間たわいもない会話をしていると、階下から母さんが呼び掛けてきた。食事の支度が出来たらしい。



はぁい、と返事をした雛ちゃんが「行こっか」と部屋の扉に手をかける。





ふと、快斗は片腕をトン、と扉に付けた。勿論それでは開かなくなる。腕と扉の壁に囲まれ不思議に思ったのだろう、逃げ場を無くしたように彼女が壁際で振り向く。



「──快斗くん、?」



予想以上らしかった俺との近い距離に彼女の頬が赤く染まる。先日抱き締めた時とは違って今日は冷静なようだ。


いつもとは違う、少し低い声で語りかける。





「なぁ、雛。高校生にもなったし……俺のこと名前だけで呼べよ」




「っ、///」




あぁ、これじゃあまるで兎を追い詰める狼だ。と思いつつ、ニヤリと弧を描く口許を抑えきれない。




「───ひな、」



急かすように、俺しか見えないように。

出来る限り甘い声で呼び掛ける。



そうやって赤くなったまま芯まで融けて俺のものになればいい。



あぁ。耳まで真っ赤にして俯く彼女を食べてしまえたら、どんなに良いだろう。




「──か、いと…っ」



やっとのことで絞り出した彼女の声はとても小さく、満足出来ない俺は「ん?」と顔を近づける。



いつもの『やさしい快斗くん』をする余裕なんてねぇ。




「───快斗、っ」


きゅ、と俺のシャツの裾を掴んだ彼女が再び口を開く。



「ん、」



可愛過ぎて、これ以上は俺が限界だ。扉から腕を離して彼女のふわりとした髪を撫でる。よく出来ました、とでも言うようにいつも通り笑って安心させてやった。



彼女の代わりに扉を開け、まだ顔の赤い雛と二人で階段を降りた。




あんな顔、他のヤローに見せられるか。


俺だけ見てろよ。






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