言峰綺礼は沈黙している。
それはまるで瞑想をするように、沈黙を貫いていた。
とある小国に聳える屋敷。そこは聖堂教会と魔術協会が血眼になって探している男の邸宅だという噂を聞いていた。
確か、本来秘匿すべきである魔術を行使する事によって、裏では悪事を働いていただとか。だが、恐らくその男はもう生きてはいないだろう。
十年ほど前に数年ほど活動していた魔術師殺しと呼ばれた男――衛宮切嗣に目を付けられてしまったのだから、もう彼は死んでいるのだろう、と言うのが言峰の見解で、教会側の見解でもあった。
だが何にせよ、その男が死んでいるのならば魔術に関する証拠を一掃するという仕事もある。死体回収に状況証拠の隠蔽だなんて面倒な仕事が回ってきたと言峰は溜息を吐く。
どうせならば一応首だけは持ち帰るか、それか跡形もなく焼き尽くすか。どちらにせよ死体の様子を見なくてはいけないのだろう。どこまでも悪趣味だと嗤った。
噎せ返る血と硝煙の臭い、屋敷を進むにつれて濃くなっていく死臭に、さすがの言峰も嫌悪感を覚える。
誰もいない静かな屋敷に一人分の足音が響く。
「…………随分散らかしてくれたものだな」
言峰が溜息と共に漏らした言葉を受け止める人間はこの屋敷にはいない。ここで既に人間としての体裁を保っているものは彼と自分の二人だけしかいないからだ。
屋敷の書斎で、ぐらぐらと動く黒髪が目に入る。
「――――っ」
言峰がその黒髪を認識する方が速かったか、それとも黒髪が銃を乱射する方が速かったか。書斎は一気に銃声に包まれ、硝煙の臭いが立ち込める。
どうせ全て焼き払ってしまうのだから、それも仕方ないかと誰に言う訳でもなく、言峰は犠牲になるだろう罪もない蔵書達を憐れんだ。
銃を撃つ男の表情はここからは見えないが、確実に楽しんでいるのだろう。男の手に見えるのはM712、二十発に及ぶフルオート射撃を代行者たちの正式武装とされる黒鍵で全てを弾き返すと、今度はパチパチ、とやる気のない拍手が起こる。
音の主は勿論彼からだ。
「いやあ凄い。君は相変わらず化け物みたいだね」
「…………手厚い歓迎を有難う、衛宮切嗣」
「喜んでくれたなら嬉しいよ」
言峰の皮肉に対し、切嗣は表情を緩める。
以前の彼ならば見せないような表情。
それが異様で、いつまでも慣れない上に気色が悪いというのが率直な言峰の感想だった。
「今回も派手に動いたな、此方としてはもう少し落ち着きを覚えてもらいたいのだがね」
「そうかな? これでも少しは抑えたつもりだったんだけど」
「闇雲に命を奪う事に感心はしない」
この部屋へ来るまでに、言峰は多数のそこに居たはずのモノを横目に通り過ぎてきた。それは全てこの男の仕業だ。
切嗣の足元に転がる、血濡れたこの屋敷の主人であった物体を見遣り、軽く十字を切る。
どんな凶悪な人間であってもその命を容易く奪っていいという云われはどこにもないというのに。
「闇雲になんて奪っていないよ、それに頭をぶち抜いたのはこの男一人だけだ」
「アレだともう息絶える。やり過ぎだ」
切嗣曰く、加減をしているようだが言峰から見ればやり過ぎ以外の何物でもない。
魔術師殺し、とはいえその稼業からは一度退いた人間だ。要請がある訳でもなく、ただ彼はふらりと現れ、悪とされる人間を殺していく。それは魔術師に限らない。
「ふうん。君はやっぱり歪んでいても聖職者なんだね」
羨ましい。そう、言葉にせずとも聞こえた気がした。
正義の味方の衛宮切嗣は壊れてしまった。
先の聖杯戦争で聖杯を掴んだものの、その歪な願望機を目の当たりにした男は、自分の途方もない悲願の成就の代償を知ってしまった。
そして、彼は恐らく聖杯の泥の中で、一つの夢を見た。悪夢に等しいその夢を。その夢は彼を今も蝕んでいるのだろうか。
それでも彼は未だに未練がましく世界を変える、変えられると本当に思っているのだろう。
悪人と呼ばれる人間達を自分の手で裁く事で世界を救うと信じてやまない。まるで小さ
子どもの理論だ。ただどんな理由であれ、他人の命を無作為に奪っていい訳がない。
そんな、切り捨てる事に罪悪感を抱いていたという男は何処へといってしまったのだろうか。
「いやあ、それにしても君が此処に来るとは僕はラッキーみたいだね」
「お前の飛行機の予約はしていないぞ?」
「いいや、それは自分で用意しているから大丈夫さ」
ちゃんと帰らないと後が大変だろうからね、と切嗣は笑う。
死体の男にはもう興味がないのか、言峰の元へと駆け寄る。まるで小さな子どもが父親を見つけた時のように、軽やかに。
「それで、勿論君の驕りだろう?」
「それはどこまでが含まれているのだろうな?」
「……本当に君は話が早くて助かるよ」
ふふふ、と笑う切嗣に場所を変えようと言峰は促す。
このネジが吹っ飛んだ男だと、その場で事を始められてしまうような予感がしたからだ。
(中略)
また、魔術師殺しが出没した。
聖堂教会からの報せに、言峰はまるで都市伝説のようだと乾いた笑いを洩らした。
ついさっき血液による魔力供給を済ませ、深山町の自宅へと帰って行ったばかりだというのに、魔術師殺しといういきものは随分元気なようだ。
冬の城での攻防が身体に響いているのなら、もっと効率的な方法を取るかと聞けば、良いから早くしろと首筋に噛みつかれてしまったのは記憶に新しく、噛み痕さえも残っている。
「そうやって悠長な事を言っているから、元気じゃない方の魔術師殺しサンが無茶をするんじゃないんですか?」
報せに目を通す言峰に意見した少年は、一見人好きの良さそうな金髪の少年だが、後の英雄王ギルガメッシュだ。
退屈そうな物言いと共に双眼の赤がすう、と細められる。
その表情は子どもながらに迫力があり、ただの小さな少年でない事が伺い知れる。
「まあ、そうだろうな」
「大変ですねえ」
少年からの返答は全く心が籠って居ない。
それどころか、どちらかというと楽しんでいるように思える。結局大きかろうが小さかろうが魂は変わらないのか。
そう目の前の少年に聞かせたら憤慨を通り超えて泣き出してしまいそうな事を言峰はぼんやりと思う。
これは別に今回に始まったことではない。
魔術師殺しが再び現れたとの事で、それに便乗して真似事をする人間も現れている。実際に切嗣が行っていない事までもが『衛宮切嗣』の所業だとされている事が多々あるのだ。
それだけ彼のしてきた事は、魔術師達にとっては脅威だったと言う事だろう。
魔術師殺しを騙る人間は衛宮切嗣と同じように、『悪人』を静粛する人間も居れば、そういった信念など無に等しく、何も考えずにただ殺人を行う人間など様々なタイプに分かれた。
それらに対する切嗣のリアクションは薄く、酔狂な人間も居る物だなというくらいの物だった。
つまりは悪を根絶する為に少ない犠牲で済ませようとしている存在が、自分以外にもいると思えば、同胞に近い。その人間が世界に絶望しないようにと願う。
ただ、後者に対しては容赦をしなかった。
無関係な人間を殺すと言う事は、それはつまりこれからも大勢の人間を殺すであろう。それは衛宮切嗣の本意ではない。
天秤は常に正しく機能しなくてはいけないからだ。
「さて、今回はどちらだろうか」
誰に聞かせる訳でもなく呟いた言峰の口角が僅かに上がっている事に少年は気付き、そして笑った。
・・・
こんな感じでちょっとぶっ飛んだ感じの切嗣くん(四次後)が出てきたりします。
割と切嗣くんのメンタルが迷子だったりするので(今更ですが)ご注意ください。
cut2
Justice that are released from the meaning, says the abyss of the world.
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