なんだ、これは。なんだこの状況は。

下世話な話だが、俺の目の前には既に融けた目をした恋人が、自分の腹の上に乗っかっている。
そしていつもならやれと言ったら蔑むような目で見てくる癖に、ノリノリで奉仕をしているのだ。
何って、それは、ナニをな訳だけど、そんな事はどうでもよくて。


もう一度言う、これは、何だ。









「……っ、夢……!  ……は………はぁ?!」



思わず声をあげてしまうくらいには吃驚した。まさか、そんな夢を見るだなんて、しかも新年早々に。初夢からあんな淫蕩な夢を見てもいいのだろうかというくらい凄まじい夢だった。言葉にしたらきっと本人から冷ややかな目線を受ける位に。正月早々に煩悩垂れ流しじゃねえか。

起き上がろうとした瞬間に、下半身に重みを感じ、今しがたの夢が自分の煩悩が原因ではなかったのだと悟る。でもそれがなんだ。結局そういう夢を見たって事には変わりがないのだから。



「何してんだ、お前っ」

「ん、んぁ、かりや………やっとおきた……」

「ちょっとまて、切嗣。重い」



ずしり、と腹に乗っかってくる体重に起き抜けの身体が悲鳴を上げる。なんだよ、初詣ならもう行っただろう。

自分で鐘を撞きに行こうと言い出したくせに寒い寒いと喚いていたのは記憶に新しい、というかつい数時間前の出来事なのだから。

へにゃ、と笑った切嗣はそのまま此方へ覆いかぶさってくる。下半身というか主に息子らへんを触る手はそのままに。マジで勘弁してくれ。起き抜けならそうなる、人体の不思議をお前は知ってるだろ。同じものついてるんだから。何なのこいつ、何でこんなに盛ってるんだ。

首筋にすり寄ってくる切嗣に、あちこちがはねた黒髪が頬に当たる。まるで猫のようだ。随分性質の悪い猫だけど。



「酒臭っ…………、お前一人で飲んでたのかよ」

「だってーだってーかりや、さきにねちゃうからー」



普段からは想像もつかない程に呂律が回らない上に甘えるようにすり寄ってくる。ふわふわと揺れる黒髪と、適当に着ていたのだろう、Tシャツにパンツだけという格好も、酒が入って上気し始めた脚が目につく。女の人のような細さも、柔らかさもないのに、何故だろうか。どうしても目で追ってしまうのは悲しい男の性なのだろう。



「……お前……態とか」

「んー? さあ?」



どうだろうね、と笑う切嗣はどう見てもただの男なのに、妙な色気というのか、駆り立てられる物がある。まだまだ若いのか、という以前にどこで俺は間違えてしまったのだろうか。

おかしい、俺のストライクゾーンは貞淑で奥ゆかしい女性の筈なのに。ちなみに巨乳なら尚良い。
あ、でも葵さんなら巨乳だろうが貧乳だろうが麗しい事には変わりがないからそこだけはノーカウントだ。それを一度切嗣の前で言った時には、盛大に憐れみの目線を向けられた挙句に「人妻モノと巨乳モノどっちがいい?」と質問された。答えた所で未来は見えているのだから、丁寧にお断りをしたわけだけど。

あくまで彼女は俺の憧れなんであって別にそう、性的にどうこうしたいとかはないのだから。いや、実際にチャンスが在ればと言われたら、それは吝かではないのかもしれないけれど。そんなんだから君はいつまで経っても童貞臭いんだよ、とすごく不名誉な事を言われてしまったが、その童貞臭い男に喜んでるお前も大概だと思うけど。という言葉は飲み込んだ。



「だって……いっしょにおきておせちたべようって、いってた」

「俺が作ったやつだけどな」

「うるさい、ばーか」



ちょうどいい部分にある髪の毛を弄っていると、遅れてきた眠気がやってきたのか、覇気のなかった声が一層のろのろとしたものに変わる。

そういえば寝落ちしてしまう前に、今日は夜通し起きて、朝になったら作ったおせちという程のものではないけれど、新年を祝う料理を食べようと話していたような気がする。案の定この有様ではあるが。



「…………雑煮は? 食わないの」

「…………ぼくはねえ、おしるこのほうがいいなあ」

「…………餅はいくつ食うんだよ」

「んー……」



唸るような、微睡むような声にダメ押しとばかりに頭をぽん、ぽんと撫でれば、呼吸音は規則的に変わる。
のそのそと、ベッドから這い出る。これ以上伸し掛かられて変な気が起きてもどうしようもない。…………あれ、俺、そういやいつベッドに移動したんだ?



「あーあー……………」



ベッドを降りると、酒の缶が無数に転がっていた。安酒を大量に呑んだからあんなに悪酔いをしたのだろう。
そういえば、年末もお互いに忙しくて構う事も構われる事も少なかったような、それであんな、学生みたいな提案をしたのだった。何となく察すことが出来た、わあ、これは、確かに酷い事をしたかもしれない。



「……ごめん」



やっぱりこの男には敵いそうにないのだろう。
散らばる缶を拾いながら、脳内の冷蔵庫の中身と相談していく。飛び切り甘い小豆を煮て、それで彼奴はきっと早くにああいう料理に飽きるから何か作ろう。

起きた時に不機嫌な顔をして、それこそ人を殺しにいくんじゃないかという凄みで忘れろ、絶対忘れろと念を押してくる切嗣を想像すれば、なんだか普段と変わらない気がするけれどそんな一年の始まりもアリかもしれないと笑えた。









寝ても醒めても
(結局君に夢中)