年の瀬、世間が浮かれに浮かれた翌日夜。
そこが毎年のお決まりの飲み会の日程だ。

目の前でとてつもなく辛そうな、マグマを煮込んだような色をした担担麺を食べる男と対峙をしながら話をしていると、自分のなんでもないうどんも辛く思えてしまうから、それはもうある種のテロだとも言える。
それは七味を入れすぎたかとこちらが錯覚するくらいだ。



「…………ってことで、今年もいつもの遠坂の家だから」

「お前らも懲りんな……」



テロと言っても最早過言でない物体を食べ続ける男は、はあ。と溜息をつくけれど、ぶっちゃけ溜息を吐きたいのはこっちだ。別に辛い物でなければ普通だというのに。この前は麻婆豆腐がマグマと化していた。

自分も辛い物は好きだし、大人の味っていう感じはするけれど、ここまで行くと彼の内臓系が心配になる。どんなに鍛えている大男であろうと内臓までは鍛えられないだろうに。もしかしてこのテロのような昼食がまさに彼の内臓を鍛えているのだろうか。



「一年に一回の無礼講だと考えれば普通だろ?」



既に毎年恒例となったその忘年会兼クリスマス兼他色々なごった煮のような会では、多数の伝説が生まれている。勿論悪い方にだ。

端的に言ってしまえばただのサークルの仲間での飲み会なのだが、毎年何かしら羽目を外したあまりにやらかす人間が出てくる。さすがにまだ警察にお世話になるような事はしていないが、それも宅飲みだからだろう。外――居酒屋での飲み会ではいくら何でもそこまでしない。これでも一応はれっきとした大人の集いなのだから。



「まあ良いじゃん毎年の事だし? それに君の誕生日も兼ねてやろうっていう優しさなんだよ」

「優しさ、ねえ」



聡い言峰はすぐに気づいたのだろう。というより毎年の恒例になっているのに、気付かない方がおかしい。要はバカ騒ぎがしたいだけだろう、と窘められればその通りの上に今更過ぎて何も言えない。何せ年末年始は実家に帰る人間も多いのだから。



「言峰だってクリスマスくらいは恋人と過ごしたいだろ? 気遣いってやつだよ」

「………ほう、それはクリスマス当日が家の手伝いである私に対する厭味と受け取っていいのか?」

「……………あれ。そうだったっけ?」



そういえば実家が教会である言峰にとってクリスマスから年末にかけては家の手伝いに奔走するのだと、前に聞いたことがある。というかそうなると分かっていてわざわざ実家に戻っているだなんて、なんともまあ出来た息子だ。あまり興味はないけれど。

それでも呼べばこうしたしょうもない集まりでも来るところは付き合いが良いと思う。そういう所がこっそりモテる原因なんだろうな、と雁夜が愚痴っていたのを思い出した。

成程なあ、やっぱり僕には興味がない。




「……クリスマスは恋人と過ごしたいというのはお前の希望なんじゃないのか?」

「んー? 僕だってクリスマスはまあ、恋人と過ごしたいけど……別にそんな誰だか分からない人の誕生日に託けて恋人と過ごさなくても、別にいつだっていいと思うし」



目の前のテロに屈せず先にうどんを食べ終えた僕は、テーブルに置き忘れられたボールペンを手に取る。

手持無沙汰になるとボールペンを無意識にカチカチと鳴らしてしまう事が癖になっているようで、それを言峰に目線で窘められた。
その眼には少しの不機嫌が含まれていて、彼の信仰する神に対する侮辱の様に取られたかと思い、一応僕は無神論者だから、と付け足した。

とはいえ、言峰だっていくらなんでも男だらけの誕生日だなんて悲しいにも程があるだろう。あえて誕生日当日を外すのは仲間内なりの優しさだ。
別に売れ残ったクリスマスケーキやシャンメリー、オードブル他が投げ売りの様な安さで仕入れられるのが今だからではないのだ。

最近はイヴで盛り上がりが絶頂期を迎えるからか、下手をすれば二十五日の夜には既に売れ残りとなってしまったケーキを安く引き取る事が出来る。
顔も知らない他人の為にここまで浮かれ騒ぐとは、日本人は良くわからない生き物だ。尤も彼らも、何か騒げる口実が欲しいだけの様にも思えるけれど。



「…………それもそうか」

「で、行けるの行けないの」



そもそも、この場合一応主役は言峰になるんだから、言峰が来れないと言われるとただのクリスマスに乗り遅れた人間の忘年会に成りかねない。
まあそれはそれで別にいいんだけれど、そうなるとケーキは不要になるし、彼奴らの事だからきっと彼にプレゼントを用意したりもするだろう。
その辺を考えると、断られたら気まずいような気がする。

毎年二つ返事でOKを貰っていただけにこうも前置きが長いと、断られるんじゃないかという考えていなかった事態が脳裏を過る。恐る恐る言峰を見やれば、此方の気なんて知らずに無事に完食したようで、手を合わせている。



「……ああ、参加する」

「うん。じゃあ伝えておく」



仮に今ここで言峰が断ろうとも、やっぱり僕には興味がない事に変わりはない。
ただ、言峰が来るって事は、ケーキを食べれる事は確定した訳で。少しだけ意味がある。やっぱりケーキは食べておきたいから。

というよりはここを逃すとケーキを食べる機会がなかなかない、年明けの、一月が過ぎなくては下手をすると食べれないのだから。大食らいの後輩には負けるが、やっぱり食べられるものならば食べたいのが本音なのだ。



「あまり師に迷惑をかけるなよ……それと」

「………………なに」

「いや、いい。あとで携帯を確認しておけ」



それじゃあ、と言峰は午後一で授業があるらしく席を外してしまった。既に食べ終わっていた僕の食器も一緒に下げていくあたり、やっぱり彼は世話を焼く方の人間なのだろう。

僕はどちらかと言わなくても焼かれる方の人間らしい。そんなことない、必要とあれば僕だって人の世話くらい出来るというのに。
ぼんやりとしている僕は、次の授業まで二コマも空いてる。暇だなあ。誰かが居るかもしれないから部室にでも行ってみようか。誰もいなければ昼寝でもしよう。

思い立ったが吉日とばかりに部室へと歩きながら、言峰は来れると連絡しておこうと思い出す。そうだ、忘れないうちに。
割とどうでもいい事は早めに連絡をしないと連絡したつもりになって忘れてしまうから。それで何度怒られた事か分からない。

携帯を取り出すと、既にメールが一件届いていた。そういえば言峰が確認しておけと言っていたけれど、あのスピードで送信したのか。女子高生かよ彼奴は。そのスキルを少しは機械が苦手な遠坂に分けてあげてほしい。


メールを開いて、画面を叩き割らなかっただけ僕は偉いと思う。ただ携帯を思わず落としそうになってしまったのは仕方ない事だ。本当に何を考えているのか。



『それで、お前は知っている人間の誕生日は祝ってくれるのか?』



うわあ、馬鹿じゃないの。
思わず口に出てしまった言葉に、誰もいない廊下で良かったと心底思ってしまう。
それがわざわざメールをしてくるような事かよ、そう思いながら返信画面を開く。送る内容なんて決まっている。そんな事。



『君も恋人と過ごしたいだろ、仕方ないから祝ってあげるよ』



送信完了。の文字が見える前に、携帯は再びポケットへと戻っていった。








アフターアフター
(続きは二人だけで)