ぎこちなく始まった師弟の同居生活が暫くした頃の事。
ナタリアが仕事から根城にしている家へと帰宅すると、いつもなら留守番をしていた犬猫のようにバタバタやってくる足音がしない。さして疑問にも思わずに足を踏み進める。眠っているのかと思いきや、切嗣は座り込んでいた。
坊や? という呼びかけに対して振り向いたのは、悪戯が隠せなかった子どもの様に途方に暮れた少年と、鉄と鉛の部品達。

細部までバラバラにされてしまった銃を見る限り、切嗣がメンテナンス作業、――フィールドストリップをしていたのであろう事まではナタリアにも簡単に予測がついた。
通常、銃器のメンテナンスの際には専用の工具類が必要になるが、野戦時にはそんな悠長な事を言っていられない。簡易的なメンテナンスを可能にするため、軍用の銃器にはその場での分解が可能である物が多い。
そしてそんなモノがこの場所にゴロゴロと転がっているのも事実だ。ならばそれらを放っておいたままに出かけてしまった自分に非があるのだろうとナタリアは溜息をついた。
バラバラになった部品の中にはまったくの素人ならば見落とすだろうボルトキャリアーやフライングピンまで丁寧に並んでいる事にナタリアは素直に感心した。

 「…………まーた、派手にやったねえ……」

ナタリアの下へやってきてから切嗣の仕事の大半は留守番だった。とはいえ仕事に着いて行っても役に立たないのだから仕方ない。ナタリアは留守番もれっきとした仕事だろうと言い張っていたが、切嗣にとっては不服だったのだ。
子ども扱いされている。当たり前だが、役に立たない自分が歯がゆかった。

ナタリアはあまり仕事を率先して教えようとはしなかった。
教える事が下手だからなあ、と苦笑いをしていた通り、現場主義というか、習うよりも慣れろという教育法で、実際に目の前で一、二度実践されるだけだった。
しかしそれではいつまで経っても上手くはならない。段々と自分には向いていないのかとさえも思えてくる。早く成長したいと思う気持ちは、段々と焦りに変わっていく。
焦燥が不安を駆り立てて、ナタリアの留守中に切嗣は、居ても立っても居られずにこっそりとフィールドストリップの練習をする事にしたのだった。






(中略)







「…………戯言を」

死に損ないの癖に、いや、放っておいてもじきに死ぬだけの、燃え滓にも満たない命が何を言っているのだろうか。
良くわからない焦燥が綺礼の動かない胸を満たす。

「…………勝手に人の庭に上り込んで、言いたいことはそれだけかい?」
「随分と余裕なようだな、衛宮切嗣、張られた結界も緩く粗末なものだ。これならば私でなくてもお前を殺す事は造作もないではないか」

それとも、そんな粗末な物しか用意出来ないのか? と問われれば切嗣は少し顔を顰めた。自身のプライドを傷つけられたからではない、ただこの結界は、そういう為のものではないのに。勘違いも甚だしいと、声を荒げればいいのだろうか。
いや、それこそ彼の、言峰綺礼の思う壺なのだろう。

「……君って仮にも神父なんだろう? 老い先短い人間に、無慈悲な神父が居たものだね」
「……ほう。お前はまだそこまで老いてはいなかったと記憶していたのだが?」
「嫌だな、放っておいても僕はそのうちに死ぬよ? こんな所で無駄な争いはお互いに全く利益はないと思うんだけど……、――ね?」

厭味に対して軽口で受け流しながら懐に手を入れる。先程とは打って変わって、緩くはなったものの死線をくぐりぬけてきた人間特有の殺気を感じ、綺礼も同様に黒鍵を手にする。
ピンと張りつめたような緊張感と命のやりとりに、思わず綺礼の口角が上がる。先に仕掛けてくるのはどちらか。この喧騒では火薬の音はきっと、夜空を彩る花達に紛れてしまうだろう。
燃える荒地で一瞬にして失ったはずの興味が息を吹き返す。
そうだ、これを綺礼は求めていた。あの時の決着を着けたいと、綺礼は心の奥底で願っていたのだ。
無関心と否定の言葉を重ねても、本当はずっとこの命のやり取りを望んでいたのだ。この相反する男を、本当はずっと。

「いくら死に損ないが相手だからって、考え事とは随分な余裕じゃないか?」
「成程。牙はまだ研がれていた、ということか」

そう綺礼は素直に感嘆の声を漏らす。
己の懐に手をかけたまま距離を詰め、懐の中に入り込んだ切嗣の眼は、いつか対峙したその時以上に薄暗く、鋭利で冷たい。
それは魔術師殺し、殺し屋としての衛宮切嗣の気迫に押されているとさえも感じた。





みたいな感じのゆるーい本です。