「だからやりすぎだって言ったんだ」

 「でもお前だって苦しむ切嗣の表情を楽しんでいたんだろう?」

 「っ、別に、そんなんじゃ」

 「うっかり加減を間違えてしまったみたいだね……あまりにいい表情をするから」



 声が聞こえる。その会話内容を理解するには僕の頭はまだ覚醒しきってはいないし特に後半とか理解したくもない。脳が必死に拒否している。眼を開ければそこには見知った奴らの顔が、少しだけ慌てた雁夜と困ったように笑う時臣。そして一見すると無表情の癖に凄く楽しそうにしている綺礼だった。ああ、――理解した。つまり朝のいきものとこの謎の体調不良。これは誰とは言わない綺礼の差し金なんだろう。



 「綺礼お前……雁夜と時臣に要らない入れ知恵しやがったな…!」

 「さあ、何の事だか」



 善人である時臣と常識人である雁夜がそんな事をするわけない。きっとこの破綻しきった神父見習いに唆されたんだ絶対にそうだ。さっきの会話の内容は脳みそから消した。知らない方がいい事だってあるんだ、きっとそうだ。白状しろ、と睨み付ければ一番最初に折れたのは雁夜だった。ごめんって!ちょっと驚かすつもりだったんだよ!と弁明する雁夜に、ちょっと驚かすのにあんな手の込んだ朝ごはんってどうなんだ、と思ったけれどもそこは突っ込まないでおいた。
 雁夜に続いて時臣も白状した。少しだけ倦怠感が出るようにしようとしたところ、うっかり最大まで絞りとってしまったね、と笑われてしまえば言い返す言葉もない。どうしてだろう、今までならばうっかりなら仕方ないと納得できたのに何故か納得できない。何か怖い。ただ言及するだけの確信も確証もないだけに、やっぱりこちらもそれ以上の追及を放棄するしかなかった。
 二人の言葉を聞いた僕はそれで、と綺礼を睨みつけた。やれやれと両手を上げる綺礼に少しだけ苛つく。それが様になってるのも苛つく。



 「この後私からの愛情籠った麻婆三昧というプランもあったのだが」

 「いらないしなにそれ絶対辛い奴だろ」

 「麻婆豆腐だけでは飽きると思ってな、茄子と春雨も用意してみた」

 「なにちょっと良い事思いついたみたいな顔してんの」



 もうやだなにこいつ。
 つまりは僕がアイリの約束を優先して約束をすっぽかしてしまった事に怒っていた、のだと。怒る、とまではいかないけれど、せめて少しだけ悪戯をしてやろうとしたらしい。雁夜のはきっと精神的ダメージで時臣のは肉体的なダメージ、綺礼の場合は両方だろう。少しだけの悪戯であんな手の込んだ事をしてしまう事に魔術師の恐怖を思い知った。



 「まあやりすぎてしまったよね、ごめんね」

 「そもそもお前が悪い、少しの悪戯くらい許容しろ」

 「だから何でそう火に油注ぐかなお前は!」



 せっかくフォローしてんのに!と雁夜が喚く。
 でも確かに、僕は今回が初めてという訳ではない。アイリの願いを叶えてあげたいから、と彼らの約束を反故にした事が過去にも何回もあった。後で埋め合わせをすればいい、そう思っていたのは僕の勝手な都合で、彼らの身になればそれはきっと怒りを覚えて然るべきなんだろう。ここまでするんだったら言葉で伝えてほしかった、という本音は飲み込んで、三人にもう一度向き合って、頭を下げた。



 「………ごめん」



 「え……」

 「君たちがいつも許してくれてるから、僕は甘えていた。ごめん」

 「……ああいや、俺らが悪かったよ。お前がアインツベルンの事を大事に想ってるのは知っていたのに、こいつに乗せられて……」

 「人の所為にする気か」

 「大体全部お前の所為だろ!」

 「雁夜だって割と楽しんでいたのに」

 「うるせえ時臣!」

 「………切嗣」



 友達甲斐の無い奴だと思われてもいいとおもっていたのに、いざ無くすとなるとそれは怖いとか、僕は果報者の癖に我儘だ。そんな我儘な僕に良くしてくれるのだから、やっぱり彼らを大切にしようと思う。アイリの次くらいには。
頭をあげて、と言われて顔をあげる、そこにはいつもの彼らが、携帯を構えていた。




 ―――――カシャッ




 「………は」

 「涙目の切嗣くんゲット」

 「やべー、これかなりレアだわー」



 切嗣のデレとか絶滅危惧種だろ!と笑う雁夜に漸く思考が追いつく。



 「苦痛に歪むお前の表情は良い物だったからな、それも何枚か撮らせてもらった」

 「はあ!?何してんのお前ら!!」

 「へえ。電話なのに写真も綺麗に撮れるんだね」

 「後でメールで送っておきます」

 「あ、俺にもちょうだい」

 「ちょっと、まて、ふざけるな!」



 前言撤回。
 こいつらこそ全然友達甲斐がないじゃないか。さっきの僕の懺悔とか感動とかその他諸々全部返せ。ついでにその撮った写真とやらは全部消せ。どうせ碌でもない事に使うんだろ僕を脅す気なんだろう!後日にこの写真で綺礼に脅される自分という図が容易に想像できるのが怖い。綺礼は神父の息子で自身も敬虔な神の信者の筈なのに、どうも綺礼の信仰心と性格の歪さは上手い事に比例するようだ。ああくそ、神様、居るなら可及的速やかにこいつの信仰心に見合った性格を与えてあげてください。

 武道経験者の綺礼の携帯を奪うのは至難の業だから、とりあえず雁夜の携帯は折る。決意を一つ決めて、白いシーツにもう一度倒れた。こうなったら不貞寝だ。ノートは後日見せて貰おう、それくらいはしてもいいはずだ。ゆっくりと瞼を閉じれば、今度は心地よく眠れそうな、そんな気がした。









君のいちばんに
(なりたいんだよ)