彼がやってくるのはいつも唐突だったが、いつも彼は酷く憔悴していた。いや、憔悴するからこそ、此処に来るのだが。
 草木も眠る時分に、人の寝室に侵入したその男、――衛宮切嗣は、そのまま人のズボンに手をかけて、忌々しげに言葉を吐いた。この流れでは睡眠時間を削られる此方が被害者だというのに、まるで被害者のように彼は言葉を吐く。



 「…………君は、動かなくていいから」



 貰う物を貰ったら帰ると言わんばかりにこちらが起き上がる事を阻止してくる。それは、気恥ずかしさとか、そういった様な初心で可愛らしい感情ではなく本当にそのつもりだからだろう。草臥れたスーツをそのままに、早急に事を進めているように見えるのは、恐らくこちらの気のせいではない。

 簡単に言えば、彼には魔力が足りないのだ。つまりは純粋に彼が欲しているのは魔力の糧となる体液であり、それ以外の何物でもない。



 「成程。……アインツベルンの魔術結界は、更に強固な物になったのか」
 「…………っ、うるさい、黙ってろ………っ」



 慣れた手つきで性器を扱く切嗣へ、茶化す様に言ってやれば、睨む目は鋭さを失っては居なく。そうだ、これでこそ衛宮切嗣だと、そしてそんな衛宮切嗣が自ら痴態を晒しているこの状況が些か滑稽に思え、態と嘲笑う。
 それに気づかない程愚鈍ではない彼は、一瞬顔を盛大に顰めたが、此方が彼の意に沿って動かない事を良しとしたのかに早急に準備を進めていく。声は意地でも抑えてはいるものの時折声を漏らし、此方の性器を扱きながら自分で穴を解す姿は、確かに興をそそられる。睡眠時間を削られた、という被害も無に返る程には、今ではすっかり臨戦態勢になってしまっている。
 馬乗りになった彼は、そのまま昂ぶった性器を己の後孔へと埋めていく。



 「ふ…………あ…………ああっ………んぅ……」



 漏れる喘ぎ声を噛み殺す様に我慢する様子は、見ていて飽きない。食らいつく様に収縮する肉壁の感覚と、自分から欲するように腰を揺らす様は、確かに絶景だ。



 「……………っ、あ…………ふっ」

 「まるで娼婦だな」

 「黙れって、…………いって、ひ、ああ………」



 大嫌いな人間から、生きるための糧を得ると言うのはどれだけ屈辱的なのだろうか。
どういった経緯だったかはもう記憶には薄いが、衛宮切嗣に魔力供給をする際、最初こそ嫌悪を隠さず、抵抗をしていたのを覚えている。それこそこの世界の終りとでも言いたげに青褪め、表情を歪めて、お前から貰うくらいなら死んだ方がマシだと言葉を吐いて、どこまでも拒絶していた。
 いつからだろうか。いつから、彼はこうして自分から欲する様になったのか。


 ――恐らくは、泥が全身を駆け巡って、体内が欲しているからだろう


 聖杯の泥。
 その呪いに汚染された衛宮切嗣の体は、通常の、健全な魔術回路からの魔力ではどうやら満足できなくなってしまったらしい。同じ泥によって生かされている自分の魔力が一番体に馴染むと、眉間に皴を寄せて言っていた。本当に、今にも自害も辞さない構えだった。

 ――君なんかに借りを作るのは御免だけど、使える物は敵でも神父でも使わせて貰うから

 つまりはこの行為は食事だ。
 衛宮切嗣にとってのこの性行為は、失った魔力を補給する為の行為であり、それ以上でもそれ以下でもない。



 「いあ……う、うう………ん……、…………あっ」



 上下運動と共にぎゅうぎゅうと収縮する肉壁に対して、切嗣の性器は未だに萎えたままだった。
 切嗣自身の生殖機能は、泥の影響か、低下の一途を辿り、遂には機能しなくなってしまった。反応しない生殖器と裏腹に、本来は性器でも何でもない筈の後孔で快楽を得ているとは、随分皮肉なものだと思う。だが、それに抗いながらも結局どうしようもない快楽という絶望に震える彼は、あまりに憐れで。



 「ふあ……ああ…………あっ、きもちい、あ、ひあ」



 生き物は快楽に滅法弱い。それはどんなに鍛え上げられた軍人でも変わる事はなく等しい。
 現に、理性が焼き切れたであろう衛宮切嗣は、それまでとは打って変わったように従順で、淫猥な生き物になっている。あれだけ堪えていたのが嘘のように、口を開け、声を上げ、目はすっかり融けてしまっている。



 「あああっあっ、だめだめっ、も、だめっ………きもちいっあっあっだめ」



 やだやだ、と頭を振るが、その上下運動は止まるどころか激しくなる一方で、その矛盾にも気づいてはいないのだろう。射精を伴わない絶頂にも慣れたようで、近づく絶頂に声を荒げている。スーツはそのままに、下半身では男を咥えている、そのアンバランスな光景に倒錯しそうになる。
 魔術師殺しは、そうやってターゲットを狙ったりもするのかと問うた事があった。答えは曖昧にはぐらかされ、最終的には君には関係の無い事だと一蹴された。


 そう、彼は見せたのか。
 この表情を、この声を。
 他の男に、他の人間に。
 彼は見せたのだろうか。


 思い起こせば少しだけ苛立ちを覚える。それは些細な嫉妬心だなんて可愛らしい物ではない。顔を見ぬ、存在しえぬ存在への物なのか、それとも目の前で痴態を晒す男へのものなのか。
 腰を落とした切嗣の細腰をそのまま掴み、律動を制止させると、融けた目はそのままに、どうしてだといわんばかりに見詰めてくる。



 「へ………な、んで」

 「お前だけ愉しんでいるのはフェアではないだろう?」

 「んん…………やだ、や…あ………」



 動いてくれと懇願するように上体から倒れ込んで、肩口に顔を埋める。首筋にかかる荒い呼吸が少しだけこそばゆい。
 理性を失った切嗣は、娼婦のようではない、娼婦そのものだ。ああ、彼は己の身体を切り売りしていたのだろうか。――いや、今はそんな事はどうでもいい。細腰を掴み、そのまま己の欲の塊を穿つ。



 それはあまりに淫猥で、憐れで。だからこそ、――愛しかった。











傾く天秤
(己を秤にかけて)