策に抜かりはなかった。準備も万全だった、筈だった。だが実際に間桐の魔術師へと強襲をかければ、大量の蟲が切嗣に襲い掛かる。想定内の事ではあったものの、問題は量だった。焼き払うにも火力が足りない。どこから沸いて出てきたのかと思うくらいに蟲は際限なくやってくる。
 一度撤退をすべきか、そう考えた切嗣は、次の瞬間に自分が窮地に立たされて居た事を思い知った。

 そしてその強襲から三日三晩。切嗣は殺される事もなく、生きながらえていた。正しく言えば、死ぬことも逃げる事も許されなかっただけだが。





 「ひ、あ、ああ、あ……あっ、あ……ううっ」



 もう駄目だ、やめてくれ。
言葉が嬌声に変わってはいるが、切嗣が限界を迎えている事は明らかだった。最初こそ抵抗をして暴れたり、罵声を浴びせたりしていたのだが、やはり快楽には勝てないのだろう、殺意に満ちていた目はドロドロに蕩けてしまっている。



 「も、だめだっ……から、あ……だっ、だめ………」



 譫言のように拒絶の言葉を繰り返す切嗣の言葉を理解したのか、胎内を蹂躙していたそれは一様に外へと出て行った。つまらなそうに眺めていた男は、そのまま視線を這いずり出した蟲へと向ける。



 「…………飽きた」

 「………は、あ……………あ、う……」

 「後は好きにすればいい。――神父、こいつに魔力供給をするのを忘れるなよ」

 「承知した」



 深々とフードを被る男――間桐雁夜の眼は目の前の切嗣ではなく、更にその後ろ、――部屋の奥に居た綺礼を捉えていた。この異常で淫猥な部屋の中で唯一、その色めいた空間にそぐわない神父は、雁夜の言葉に軽く了承の返事をした。予想通りのつまらない反応だ、雁夜は舌打ちをして少し乱暴にドアを閉めた。振り返らなかった雁夜は、その神父の歪んだ笑顔に気づくことはなかった。








 「衛宮」

 「なん、だ」


 
 雁夜が部屋を出て行ったと共にずるずると蟲が這い出される感覚に吐き気がする。こればかりは何度経験しても慣れない。太腿を這う滑る感触が気持ち悪い。だが、散々に嬲られていた切嗣は、正直限界だった。



 「キスをしてもいいか?」

 「あ? え。……は?」



 切嗣は困惑した。いつもならば此方の都合も聞かずに無理矢理にキスどころかその先の行為にも及ぶというのに、一体どんな心境の変化だというのだろう。つまりそれは、切嗣の返答次第では拒む事も出来るという事だろう。
 切嗣がチラリと綺礼の表情を伺えばいつもの読めない表情のままだが、返答を純粋に待っているようで。どうするべきか、きっと切嗣が拒めば綺礼は身を引くだろう。でもそうしたら。



 「……え、……」
 
「私の考えが浅はかであった。――もう貴様の嫌がる事はしないと誓おう」



 謝罪の言葉と共に今までにないくらいに真摯に告げられ、その言葉を漸く理解する。そしてどうしようもない怒りが込み上げる。
 ふざけるな、今まで散々好き勝手してきたというのに、いきなりそんな事言われてああそうですかなどと言えるか。最悪だ、最低だ。そもそもの諸悪の根源はどうせこの男だという事は分かっていたのだというのに。ふと脳裏を過った生ぬるい幻想を打ち消す様に頭を振った。

 切嗣が間桐雁夜に敗北した時、止めを刺されなかったのは彼が元一般人であったからとか、兎に角運が良かったと安心したと同時に遠坂への私怨以外はどうでもいいのかと再確認していた。だが実際には、彼も十分狂ってはいた。そして要らぬ助言をしたのは言峰綺礼だという事に合致がいった。
 余計な知恵を受けた雁夜は切嗣にとって分が悪く、切嗣の武器では雁夜の蟲を全て焼き払う事は出来なかった。それこそケイネスの工房を爆破した時以上の準備が必要だ。後悔先に立たず、切嗣は己の浅はかさを呪う事しか出来ない。



 「……今まで、すまなかった」

 「………よくいう、よ」

 「……?」

 「謝る気なんて、ないくせに……」



 最初からそういうつもりだったのだろう。切嗣が睨みつければ綺礼はやれやれと肩を竦めた。やはり貴様には通用しないか、と嗤う姿には、一度消えかけた殺意が沸きあがってくる程だった。
 切嗣の目に溜まっていた涙を指で拭われる。その行動だけは溶けるくらいに優しく、甘い恋人同士を彷彿とさせるものだった。だが、実際にはそんな様子は微塵もない。



 「ならば、答えは」

 「……好きにしろよ」



 もう、なんだっていい。諦めたように呟く切嗣に納得のいかない綺礼は少しだけ不満そうにしたが、まあいい、と不敵に笑った。身体を引き寄せられてキスをされる。それは以前と全く変わりない動作なのに、全身を焦がしていた熱が一気に戻ってくる。



 「ふ、あ……」

 「まだキスだけだというのに」



 そう耳元で囁かれると一気に身体の熱が昂ぶる。今までだって、そういった類の事は言われていたというのに。自分が離れていくみたいで、それが怖く感じた。



 「ちょ、待て、……待って、くれ」

 「どうしてだ? 好きにしろと言ったのは貴様だろう」



 緩くもたげた性器にかけられる手に慌てて拒もうとしても、キスだけで昂ぶった身体が言う事を聞いてくれる訳もなく、それどころかもっと先を求めている。早く、早く触ってほしい。散々蟲に食らい尽くされていたというのに。

 切嗣の身体は憶えている。そう、一時の快楽だ。蟲と雁夜に散々嬲られた後には、綺礼が乱暴に暴いて、貫くのだと。魔力供給だという事は理解している。理解はしているが、反応してしまう。ぐちゃぐちゃに掻き回して、欲望を注がれたい。まるでパブロフの犬のようだと自嘲する。何度も繰り返されていくうちに、身体はしっかりと憶え込んでいたのだ。
 ゆるゆると、自身に触れる手がもどかしい。普段のような粗暴さはまるで見えず、壊れ物を扱うように触れてくる綺礼の指がじれったく感じる。これはある意味生殺しだ。それだけでなくて、徐々に立ち上がり先走りを溢し出す自身をまざまざと見せつけられている。こんなの、拷問だ。



 「も、もう、いやだ……」

 「どうして?」

 「やだ、やだ、やだ……」



 その先の言葉を、言えない。言ったらきっと嘲笑されるし、何よりも切嗣自身がその言葉を吐くことが耐え切れなかった。浅ましい、淫乱だと馬鹿にされるだろう。とにかく気持ちと感覚がバラバラだった、ぐちゃぐちゃにして欲しい、いつもみたいに乱暴に、抱いて欲しいだなんて、言える訳がない。



 「言葉にしてくれないと、私も分からないのだが」

 「あ……、…………って」

 「衛宮切嗣?」

 「……って、くれ」

 「…………」

 「後……ろ、さ、わって……」



 ああ、もう嫌だ。出来る事なら今すぐ死にたい。
 切嗣はまさに自分を覆う最後の砦が崩落したような気持ちだった。己の快楽の為に女のように媚びて、先を求めるだなんて、それこそどうしようもないじゃないか。



 「ほう……そうか」

 「……――あっ」

 「折角だから優しく抱いた方がいいかと思ったが、そうだな、貴様がこれで足りる訳がなかったな」



 くつくつと笑う綺礼は神父からは程遠い、まさに外道な独裁者そのものだ。だけど何故か恐怖も嫌悪も感じない、それどころか安心している自分もいるなんて。それこそどうかしているとしか言いようがない。



 「っ、……ちょ、待って」

 「自分の言葉には責任を持て」



 貴様とて、もういい大人だろう?
 後孔に二本の指が一気に入ってくる。だらしなく垂れていた先走り汁が潤滑になったのか、すんなりと侵入を許す後孔はさながら女性器のようだと揶揄されるが、その通りだと切嗣自身も思った。綺礼の指をぎゅうぎゅうと伸縮し食いついて離さない後孔は、まさにそのものだった。
 指を挿れられただけでこれだ、もし、もっと太くて硬い、欲望の塊で貫かれたら。そう想像するだけで後孔がきゅう、と締まる。それを見て綺礼は全て分かっていると言わんばかりに笑う。



 「想像したのか? この孔に指以上のモノを咥え込み、女の様に喘ぎ、精を叩きつけられる自分の様を」

 「して、……なっ、い」

 「嘘をつけ。こんなに勃たせて、後ろも食いちぎるんじゃないかというくらいに締め付けて」



 全部お見通しだと言いたいのか。笑う綺礼に対して切嗣は、そんな事よりも前からも後ろからもひっきりなしに聞こえる粘着質な水音が煩くて仕方がなかった。もう嫌だ、早く挿れて、ぐちゃぐちゃにして、熱い欲で、どろどろに溶かして欲しい。縋るように綺礼を見詰める。助けて、もう、どうしようもないくらいに。



 「私も、そろそろ限界だ」

 「――――ひっ、」


 
 後ろに確かな熱を感じる。はやく、はやく、急く気持ちは言葉にならず、荒い呼吸と断続的な喘ぎに変わる。ずぷずぷ、と卑猥な音と共に侵入してくる。もっと、もっと。焦れるままに手を伸ばし、首に回す。ああ、まるで本当の恋人同士みたいだ。融けた理性ではどれが本当で、どれが偽物かは、判別できずにいた。






false lover
(醜悪だ)